相模の国の良弁上人を探す③





 開山堂の横にはこれまた「良弁滝」がある。こちらは、大山に参拝する前の禊の道場として、禊の大滝と並んで滝行の行われた行場であるという。入口にあった「蛇口の滝」の文言の通り、上には龍の頭が飛び出ている。


 この日の水量は少なく、真下まで行っても軽く水が頭に掛かる程度であった。これが真冬であれば、居ても立っても居られないであろうが、夏場であれば気持ちのいい程度であろう。もちろん、禊であればつらい思いをする必要も無いのだろう。


 ちなみに、この上には何があるのだろうと上がってみるとそこには火事の現場が広がっていた。おそらく大きな木造家屋であったことが伺われるが、何とも無残な有様であった。調べてみると今年になって ここで火事があったらしい。


 元々は老舗の大きな旅館であったが、何年も前に閉館となっていた。火事の原因はわからないが立派な木造建築が無残な姿になっていることは非常に残念に思う。 もしかしたら昔は多くの講社の人々を迎え、朝になれば良弁滝で禊をし、それから大山へと登って行く人々を見守ってきたのかもしれない。


 そんなかつての大山の姿に思いを馳せながら今日のところはば滝行はせずに 大山への登山道を歩いて行く。10分歩いたところで先ほどの駐車場に着きます。そこからは宿坊や商店が軒を連ねる参拝道が始まります。ちなみに禊の大滝というのは全く別のルートに存在し、今ではかなりひっそりとした場所になっているようです。


  この参拝道はケーブルカーの駅まで続いており、現在も多くの登山客参拝客が訪れ豆腐定食屋豆腐懐石様々なお土産物など活気に満ちています。宿坊の中には江戸時代からある古いものが多く、今でも現役の講社が活動されていることを伺い知ることができます。



 ケーブルカーの駅までは階段の道が続きますが、途中足を止めて土産物屋を覗きながらの山行はちょうど負担になります。 登山というのはやはり登り始めが一番辛い。山道に体が慣れてくるまで どうしても30分はかかります。


 そんな参拝道を過ぎると大山ケーブルカーの駅が見えてきます。このケーブルカーは中腹の阿夫利神社下社まで 行くことができますが、途中の大山寺にも停車いたします。このケーブルカーを使えばあっという間に目的地の一つである大山寺まで行くことができますが、それではせっかく来た意味がありません。私たちは駅を横目に、山道へと歩を進めます。





そうするとすぐに八意思兼神社があります。 ここは追分社とも呼ばれ、男坂と女坂の分かれ道でもあります。八意思兼命は学問の神様としても有名ですが、正しく読める人は少ないでしょう。何かと見過ごされがちなこの神社ですが、 登山の始まりの場所であります。 学問とはちょっと違いますが道中の安全をここで祈願いたします。


  先ほど男坂と女坂があると述べましたが、大山寺へ行くには女坂を選ばなければなりません。 一方で男坂を選び住んで行くとその先にはかつての塔頭の跡地を見ることができます。 大山はその参道に多くの塔頭がありましたが、現在では何一つその足跡を見ることはできません。


 女坂をしばらくあゆむと弘法大師ゆかりの名所が見えてきます。大山寺の三代目の住職は空海であったと伝えられており、この先にも弘法大師ゆかりの伝説が残っています。そのうちの一つが弘法水。弘法大師といえば水ですね。



 これも例に漏れず弘法大師は杖をつきそこから水を湧き出させています。板碑には 「弘法大師加持香水」「倶利伽羅大龍王神」の文字が。 良弁滝もそうですが、この地は龍とのご縁が深いようです。 この先にも、 龍にまつわる お堂を見ることができますが、それはまた次回。



 そして、弘法水の脇を登っていくと、おそらくお大師様であろうの像が登山者を見守ってくださっております。


もう一つの空海伝説はこの爪切り地蔵です。空海は爪を持って今からこのお地蔵さんを掘り出したと言われています。 試しに少し岩を触ってみますが、 とてもではないですが私の爪では歯が立ちそうにありません。空海さんは爪ひとつとっても我々常人とは一線を画していたようです。



 このお地蔵様を過ぎれば、目的の一つ、大山寺まではあと一息です!

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