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執筆者の写真望月 大仙

処世界さんの日記(弐拾五)

令和二年二十八日


衣の祝儀



 これは修二会の本行で用いられる「重衣」と呼ばれる黒い衣を受け取る作法であるが、新入にとってはただ見学すればよいだけの行事である。なぜなら、すでにササッと行ってしまっているからである。


〈参考〉処世界さんの日記(拾二)


 なので、何も考えずポーっと座っているだけなのだが、実際に始まってみるとその評価は一転。別火の中で最も荘厳で美しい場面であった。


 時刻は18時頃。日も落ちかけた時分、灯りは消され薄暗い中、大広間に練行衆が集まる。加供奉行が押し頂きながら各々に重衣を配る。全員に配り終えると、練行衆は無言で配られた重衣を身につける。


 障子に映る空は茜から藍色へと色彩を変えた。衆之一が音もなく、広間の奥にある台子から小さな錫杖を取りやり、自席にて箸袋を柄香炉に見立て微音にて三礼文を唱える。


 『一切恭敬自帰依仏当願衆生』

 

 ガワも同じく微音。


 『大解大道』


 かすれたような声の唱和が響く。


 次に四職、平衆へと続く。黒色から藍色へのグラデーションを描く障子。練行衆は重衣をまとう。重衣は三角形の襟を立てた形になっている。するとまるで其の部分だけが切り取られた切り絵のようだ。


 この昼と夜の境目の時間。練行衆は微かな音で三礼を繰り返す。対面の練行衆の顔は見えない。まるで異界に迷い込んでしまったような空間。広間の外では、仲間や処世界童子が其の様子を見守っている。しかし、私の目に映るこの切り絵は北座に座らねば見ることはできない。まさに練行衆だけの景色なのだ。


〈参考〉重衣


 息の詰まる時間はすぐに終わりを告げる。見れば障子も黒に染まっていた。各々が重衣を脱いで長押に引っ掛ける。これも先の日記のとおりである。


 この日は八時より新入も参加しての稽古。ここまで来ると緊張は無い。しかし、どうしたものか。ありえないような大ぽか。1ページ丸々飛ばしてしまったのである。これにはガワの練行衆もびっくり苦笑い。


 ちょいとここで言い訳をさせてもらいますと、修二会における声明というのはただお経を唱えるだけではありません。其の中には礼拝や鈴、行道、五体投地といった様々な要素や動きが絡んできます。


 しかし、新入のワタシにとってはそれらは紙上のお話。次第書の中では例え時間のかかる大導師の「呪願」であっても、一行。散華行道に至っては記述なし。なので、全体の流れを知っている人から見ればありえないような飛ばし方をしてしまった。なぜなら私はお経をページごと視覚的に覚えていたからです。

 

 意気揚々とやってやりますよ!と稽古に挑んだだけに顔から火が出るような思いをしながら稽古を終わる処世界さん。チャンスは一回きり。そう、本番も間違えることができない一回限りであるから。


 立ち直る暇も無く、大導師さんに食堂での鐘の叩き方を教わる。本行の食堂で鐘をカンカン叩いているのは処世界さんなのです。


 この音は食堂の外にいても聞こえることでしょう。たまに間違えているので、生暖かい耳で聞いていていただければ幸いです。来年以降は私が打たないかもしれませんが。こうして、総別火二日目は過ぎ、あっという間に明日はお引越しの日。ついに別火坊ともお別れの日がやってくるのです。


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