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処世界さんの日記 番外編・夏(一)



 ある夏の日差し暉やく東大寺大仏殿への参道。今この写真を見ると、人の往来の少なさにある種の懐かしささえ感じる夜になりましたね。今回はそんな二年前の夏のお話です。


 さて、修二会は2月20日から3月15日まで行われる一ヶ月に渡る行法である。しかし、練行衆の準備はそのずっと前から行われる。練行衆の席次は参籠した順番であって、何回参籠したかではない。


 それは、例え籠もっていなくとも練行衆としての準備を一年間行っているからなのだとある長老様がおっしゃっていたそうだ。


 修二会には11の役職が存在する。そして、それぞれに独自の役割がある。和上は授戒を、大導師は祈願を、呪師は呪術的作法、堂司は平衆と行法の進行を差配する。


 11番目にあたる処世界は雑事全般。四職の手伝いから掃除まで、その仕事の多さから体力的な負担が多い役職。


 人によって、処世界を何年行うかは違う。それは時のめぐり合わせとしか言いようがない。一度しかやらない人もいれば、5回以上やる人もいる。


 そして、処世界は修二会に参加して初めて就く役職であるからこだわりや思い入れの多い人もいる。


 私自身、3年間の処世界生活の中で多くの事を学び、処世界仕事については一家言ある!とまでは言いませんがコツのようなものは多々あります。


 そしてそれは他の練行衆もどうようで、例えば箒をかける際に少しでもモタモタしていると奪い取られやり方を伝授されます。それも一度や二度のことではないのです。


 さて、昨年の十二月の発表により令和五年の修二会では権処世界のお役目をいただくことが決まったわけですが、実のところそれよりもずっと前からその下準備を私は行っております。


 それは私が関東から参籠する唯一の練行衆であるためです。奈良でなくとも、九州や四国には参籠経験の豊富な末寺僧侶がおりますが、関東には練行衆どころか末寺さえほかにありません。


 なるべく早めにお稽古を始め、耳と喉を鳴らしておくに越したことはありません。これは二年目でも同じで、修二会を満行してから半年後の8月に六時の悔過作法の伝授を受けに参りました。


 これは処世界さんの日記の番外編として一年以上前に書いたものの掲載するタイミングを逸した記事になります。


令和二年八月のある日


 暑い日が続く。Twitterを始めてからというもの、奈良の方と交流することが増えて、自然と奈良の情報が入ってくる。しかし、新型コロナウイルスの猛威の中で奈良へ行くこともの中々できない。そんな中とある記事が目についた。


 「東大寺観音院で期間限定かき氷」


 奈良のかき氷の有名店である「ほうせき箱」。それが東大寺の塔頭である観音院で特別開店するというではないか。


 観音院といえば、現在は住職がいらっしゃらないもののその歴史は東大寺の塔頭の中でも異彩を放っている。


 かつて昭和の時代、上司海雲師が住職をされていた頃には文化人のサロンとして親しまれ、小説家・志賀直哉を始めとして画家・杉本健吉、写真家・入江泰吉、彫刻家・水島弘一など錚々たる顔ぶれが集う場であったという。


 それ故に、私は観音院にある種の憧れを持っている。もちろん、中に入ったことはない。足繁く通っている三月堂の近くにあるにも関わらず、ずっと遠い存在であった。


 そんな観音院に合法的に入ることができる機会が巡ってきたのだ。この機会を逃す手はないと考えた私は奈良に行くための理由を考える。


 何分、この年の五月に行われた聖武天皇の御忌法要である聖武祭にも県外の僧侶は出禁であったのだ。かき氷を食べるためだけに行くというのはどうも収まりがわるい気がする。


 そこで少々気が早いが、声明のお稽古をつけていただくことはできないだろうか?と考えた。そう、修二会の声明のお稽古だ。早速、師僧である長老様にお伺いを立ててみることにした。


 すると二つ返事で許可を頂けたのだ。八月の末に東大寺に行くことができる。私は小躍りしながらかき氷のメニュー表を眺めた。


 しかし、皆さんは2月の修二会に向けてとは言え8月から準備する必要があるのか?と思われるだろう。


 修二会の準備というのは一般に12月の練行衆発表から始めるものだが、それは奈良に在住しておりいつでもお稽古ができる環境にいる僧侶に限る。


 私のような遠方の僧侶は早め早めの準備が必要なのだ。特に二年目の練行衆となると。


 一年目の練行衆は新入と呼ばれ、その仕事はたったひとつ「称揚」だ。これは、3月3日に行われる新入による時導師を指す。これについては「処世界さんの日記」でこれでもか!というほど書いたのでそちらを参照していただきたい。


 練行衆は二年目、三年目と順を追って役割が増えていくが、その中でも一年目と二年目の差は大きい。二年目の練行衆になると、一年目では免除されていた「時導師」が全て解禁になるのだ。それどころか最も多く時導師を勤めなければならない(下の役職ほど多い)。


 修二会の法要は一日六回行われる。「日中」「日没」「初夜」「半夜」「後夜」「晨朝」である。それぞれの悔過作法では異なる声明が唱えられる。


 節そのものは「日中」と「後夜」、「日没」と「初夜」で共通する部分があり実質四種類であるが、すべて暗記しなければならないとなると簡単な話ではない。


 一年目では「後夜」の声明のお稽古に励んだ。(末寺の称揚は後夜に行われ、東大寺の僧侶は初夜に行う)そのため、新たにお稽古するのは5種類になるが、その「後夜」に関してもより一層のブラッシュアップが求められる。


 「称揚」では、一称一礼の作法で行う。これは、一節ごとに(一般的な)五体投地を行う丁寧な作法だ。ゆえに一節一節はゆっくりとしており、時間をかけて行われる。礼拝をするガワの僧侶は大変だが、時導師の負担は少ない。


 一方で常の声明となると、礼拝の作法は簡略化され、スピーディーになる。更にガワの僧侶は時導師の声に被せるようなタイミングで声明を唱えるので時導師もそれに合わせる必要がある。


 特に、後夜の声明はテンポが良くかなりの速さで悔過が進行する。You Tubeなどで観ていただけると、この後夜の悔過が素早く、聞いていて心地よいテンポであることがよく分かる。


 私も鎌倉山で行った法話会で実際に皆さんの前で後夜の悔過作法のガワを披露したが、その迫力に皆さん驚いておられた。


 私一人の声量でも大いに感じ入ってくださったのだから、いわんや10人の練行衆の合唱をや。来年こそは聴聞の方も入れると良いのですが、さてはて。


 そんなわけで、六種類の声明を全て稽古しなければならない身となった私はお稽古の時間と、精神的な余裕を得るために夏場から修二会の準備を始めることにしたのである。これは事前に決めていたことであって、決してかき氷のためではない。


 六時のお稽古をつけてもらうべく奈良へと旅立つ。出立は早朝。鎌倉から国道1号線を目指し、藤沢インターチェンジへ。富士山が朝日を受けて鈍い赤に染まるのを正面に見据えながら新湘南バイパスと圏央道を経由して東名高速道路へと入る。


 御殿場ジャンクションを過ぎて新東名をひたすらに走る。この新東名というのは走りやすい反面、代わり映えのしない道が続く。カフェインの摂取は不可欠で途中の浜松あたりのSAでパンとコーヒー買い込み、車内で一人口に詰め込む。



 長い静岡の道を抜けると愛知、三重。御在所SAでひと心地ついてから名阪国道を気絶するように運転する。針のインターで名阪国道を下りて、山越え。若草山のドライブウェイの入り口の手前から奈良の市街地が一望できるのだが、ここでようやっと奈良に来たのだなぁという実感が湧いてくる。



 そうしてお昼ごろに奈良に着く。奈良名物の鹿さんの堂々たる道路横断を見るとなんとなく奈良の空気を感じる。東大寺に着くと開山堂の前に許可を得て車を駐めさせてもらい、法華堂と二月堂を眺める。またここに帰ってきたなぁという感慨も一瞬のこと。疲れた体に鞭を打って…というよりかえってハイになっている状態だろうか。疲れはそこまで感じない。



 休んでいる時間もなく、早速二月堂で長老様にお稽古をつけていただく。場所は二月堂の受納所。長老様から六時の声明の次第の写しを頂戴し、一つ一つ順々に伝授していただくのだ。


 それぞれの声明は耳に大分なじんでいる。二週間の間毎日聞いていたのだから当然のことで、そのリズムは否応なしに体に染み付いている。いや、ここでは染み付いてしまっていたという方が正しいだろう。そう、何となく身についてしまっている。つまり、間違って覚えている箇所が大分あった。


 特に私が苦労したのは「初夜」の声明。六時の行法と言われるが、大時と言われる「初夜」「後夜」は節が全く異なる。独特な節回しに何度も間違えてしまう。


 まっさらな状態から覚えるより、間違って身についてしまっている方が厄介だ。だからこそ、一年目では他の時の稽古は行わないのだろう。


 しかし、稽古をしないからといって実践の場で何もしないわけにはいかない。修二会の声明は11人全員で行う。1人の時導師と10人の側だ。新入の処世界も例外ではない。その場のリズムに合わせてついていくしかない。


 私自身が不勉強であったことに間違いはない。修二会という行事への関心が、行に入るまでは薄かった。聴聞に来たのも数回で、六時という言葉も知らなかったのだ。


 苦労しながら伝授を終えたあとはホテルにチェックイン。部屋にこもって伝授していただいた声明の節の復習にその夜を費やした。翌日も昼からお稽古を長老様にお願いしてある。なぜお昼からにしているのか?その答えはもちろんかき氷のためだ。


【続く】



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