処世界さんの日記(四)

令和二年二月十二日 後編






 時導師を行う時に必要な道具というのは二つあります。一つは柄香炉で、三礼はもちろん散華行道の際にも時導師はそれを持って回ります。もう一つは「鈴」。修二会の行法においては様々な鈴が鳴らされます。


 練行衆はそれぞれ鈴を持ちますが、「四職」と呼ばれる上位四名は各々特別な鈴を持ちます。

 特徴的なのは「咒師」の鈴と「大導師」の鈴。それぞれ「初夜」「後夜」の行法にて「咒師作法」「大導師作法」で見ることができます。


「初夜の大導師作法」

https://www.youtube.com/watch?v=xERsjD6rCos&t=19s

「初夜の咒師作法」

https://www.youtube.com/watch?v=hpmKKpd01vk&t=10s


 大導師作法では祈願文や諷誦文を読み上げた後に鳴らし叩きつける。そうして祈りを神仏へお届けする。咒師作法ではさながらその音色を奉じているようにかき鳴らしています。


 時導師の鈴はコロコロと小気味の良くも、どこか重さのある不思議な音色を奏でます。そして、この鈴の音色はコロリ、コロリ、コロコロコロコロ、コロリ、コロコロコロコロ…。「六時」の始まりの合図なのです。


 本坊の一室に、鈴の音が響く。


 称揚では「晨朝」以外省略される「供養文」から声明が始まります。この段では本行の声明と異なり、「側」(時導師以外の僧侶による声明)は無く、時導師がただ一人訥々と唱えあげます。


 この「供養文」は低く、隣の人に聞こえる程度の声で唱えるもので、静寂な室内にか細い声が響くのみ。私の目線は一畳先の畳に固定され、覚えた文言を丁寧になぞります。


 何度か柄香炉を持って礼拝をする作法があり、その都度目線が上へと向きます。


 ふと見やると、正面に座っていた金龍寺の池田圭誠住職が首をかしげている。


 「うっわ、何か間違えた!?」もう焦りまくります。背中から嫌な汗が吹き出し、頭にも汗が光ります。テカテカです。とはいえ次第を見直すこともできませんから、止めるわけにもいきません。


 なんたって声明中ですから深呼吸して~という事もできず、呼吸が浅くなるばかり。呼吸が落ち着けない。しかし、その心を観察するだけの余裕はありました。今はただやり抜こうとなんとかほうほうの体で「供養文」を切り抜けます。はぁ…。


 しかし、試練は終わりません。次は「称名悔過」。十一面観音様を賛嘆する経です。ここにはいると修二会でお馴染みの「時導師」と「側」の掛け合いが始まります。


 もちろん、大勢との掛け合いも初めてですからリズムなんてとりようがありません。「え?今言っていいの?」「終わった?」「というか側と自分の文言違くない?」と混乱冷めやらず。しかし、音はともかく文言は(多分)間違えず緊張のま宝号へ。


 時導師「南ぁ無ぅ観自ぃ在菩薩」 側『南ぁ無ぅ観自ぃ在菩薩』

 時導師「南ぁ無ぅ観自ぃ在菩薩」 側『…』『なぁむぅ…?』『…』『…!』


 ざわざわ…あぅ間違えた!ここは「自在菩薩」だ!「南無観」はいらないんだぁ…あぁ…


 ここで明確な間違い。こうなると開き直るしかない!そう思うとすぅーっと肩の力が抜けます。


 こうなればあとはおなじみ「南無観」へと一気に駆け抜ける。間違えてもいいやと思えばこれほど楽しいものはありません。なんたって声明の掛け合いをしているのです。だんだんと楽しくなっていきます。


 ズラッと座られている僧侶方のお顔を見る余裕も生まれてきます。同時に視野が狭窄していたことにも気づき、いかに力んでいたのかを実感します。


 最後は回向文。回向天下~ コロコロコロコロ…


 これにて習礼は終わり。後は講評。何が悪かったのか、どこを直していけばよいのかを指摘されます。あそこが短かった。あそこの高さはちょっと違うかななど…


 しかし、思ったほどは酷評されません。こうなると逆に不安になるのが私の性。もっとボコボコにしてくださったほうが落ち着くのに…とどことなくスッキリしない心地のまま最初の関門である習礼を切り抜けることに成功します…成功?


 総評「これからも頑張りましょう」


 終わってから、戒壇院の後ろにある作業室のような場所へ兄弟子の筒井英賢師と共に必要な道具のお願いに。

 修二会というのは様々な特殊なお道具が必要になります。多くは師僧からお借りするのですが、履物などは自分のものを用意しなければなりません。


 そう、修二会でガタガタ言わせているあの下駄です!正式な名称は「差懸(さしかけ)」今回作成していただいた差懸の材質は桜、重さは一足1.1kg。2つ合わせて2.2kg。



 たいしたことないと思われそうですが、足に巻く重りと違いこれは下駄のように履く。動きにくいことこの上ない。特に私の差懸は現在の練行衆の中では一番重く大きく作られています。もはや凶器になるような履物です。


 これは毎年新しくするものではなく、何年も使うもので、予備のものと合わせて二足用意します。今回桜を材料に用いたのも耐久性の高さゆえで、十年は耐えることと思います(よほど雑に扱わない限り…)。


 作業所に行った際に久しぶりに出会うこととなった人がいらっしゃいました!


 水島太郎さん。(Twitterはこちら!https://twitter.com/momotaroring)

 今回、処世界についてくださる童子で、十年前の仲間(ちゅうげん)仲間(なかま)です!当時は私は咒師部屋についていたのですが、太郎さんはお隣の和上部屋ということもあり、本行の午前中などはよく焚火の前でお話してくださいました。


 久しぶりの再会を喜ぶとともに、改めてお世話になるため挨拶をば。太郎さんはこの時点でベテランの処世界童子。大船に乗った気持ちでお任せです。


 新入の処世界はわからないことばかり。というかわかることなど無いと言っても過言ではありません。そんな中で水島太郎さんを始め、多くの先輩方サポートしてくださるという事実がどれだけ心を楽にしてくださっているか。改めてご縁に感謝です。


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