処世界さんの日記(四拾五)

令和二年三月八日



 この日からついに牛玉摺りが始まります。牛玉札を刷る時間は初夜の神名帳から大導師作法まで、後夜の大導師作法と決まっており、無駄なく作業することが求められます。


 摺り方は牛玉櫃の中蓋を用います。牛玉櫃の中蓋の裏面には畳が貼り付けてあり、御札用の紙を畳の上に置いて、版木を手に持って紙に押し付ける。畳の目に沿ってゴシゴシと擦り付ける。押し付ける力が弱いと紙がずれて失敗するので絶妙な力加減が求められる。


 処世界さんは不器用なのでこの作業が非常に苦手である。そして、先述のように大導師作法においてこの作業が行われるということは大導師さんは御札を摺れない。では、どうするのか?と言われれば簡単で処世界を主として下の者が行う。自分の分もさることながら、大導師さんの分は失敗できない。そのようなプレッシャーもあって手に力が入る…アッ…


 ちなみに尊勝陀羅尼は大きな版木に紙を押し当てる形だ。実はこちらも難しく、梵字の隙間に紙の繊維が食い込んですぐに目詰まりを起してしまう。ペラリと剥がしてみると一部の梵字が潰れてしまっていることもしばしば。


 中灯さんの指示で摺りをやめると、道具類を片付ける。中蓋、硯、版木、牛玉摺り用の灯りなど一回一回だ。特に燈明は油をこぼさないように丁寧に運ぶ。この油であるが、たまにこぼしてしまうこともある。そうなってしまったら抹香を撒いて油を吸わせてチリ紙で拭うのだ。しかし、それで物事は終わらない。そう、滑るのだ。


 別火でつけた滑り止めなどはとうに役に立たず。そして、油がしみた床を踏もうものならバランスを崩すこと必至。実際目の前で権処さんが滑ることもあれば、私が滑ることもある。常に「滑るかもしれない!」という危機感を持たねばならぬ。特に処世界は「油差し」を持って歩き回る。気が抜けない。


令和二年三月九日


 大分気温も上がり、春が近づいてくるのがわかる。油の減り方も早くなったのはそのためか。今日から11日までは特別な行事がなく、14日間の行法の中でも心理的に余裕がある期間だ。そういう時は大抵何かをやらかすもので、今度は礼堂と内陣の間の溝に落ちた。たまに落ちる練行衆がいるそうで、差懸を履いているため足を捻ったり、重衣が重くうまく受け身を取れないためか怪我しやすい。幸いにも腰を痛打するにとどまる。湿布の出番だ。


令和二年三月十日


 食堂では毎日、寄進者の他に「〇〇他△△名」といった感じでその日に追加された名簿あたりから誰かしらが代表としてご祈願を申し込まれた方を読み上げる。この日はなんと私の名前。「普賢光明寺 望月大仙 他8400名」といった塩梅。練行衆が読み上げられるというのは稀有なこと。


 初夜は五体が当たったのだが、初夜の行法は最も礼堂に人が多い。後夜以降になると徐々に減っていき、最後まで残る人は稀だ。沢山の聴聞の方がいらっしゃる前に出るとどうしても身体がこわばるのか五体投地もちょいと失敗。ズドンと打ったはいいが、バランスをくずしてそのままコロンと一回転。


 いえいえ、何も有りませんでしたよ。という体で続けますがどうにも本番に弱い体質なのでしょうね。五体投地といえば、人によって様々な打ち方があります。特に南衆さんなどは飛び上がるようにして全身を打ち付けます。そういうやり方もあるなら試してみようと、軸足を外して全体重をかけて板に飛び乗ってみたのです。


 そうしたらこれがきつい。今まで軸足に逃げていた衝撃が身体の中に残り、脳天までしびれる。息ができない。心臓がバクバクいうのだ。脳みそが震えたせいかどこかぼんやりとして、意識も霞がかったようになる。五体投地の打ち方は人によって向き不向きがあるのだと痛感した次第です。ぜひ、皆さんも聴聞の折には練行衆ごとの五体の打ち方を比べてみてくださいませ。


令和二年三月十一日


 震災の日。行法の最中、二月堂でも揺れを感じたという。この日の日没には大導師さんが諷誦文を読み上げ観音経を読誦し、物故者の冥福を祈る。


 この日は食堂終ってから記念写真。毎年撮るもので、この年は良弁杉の前での撮影。こういう時は和上さんが音頭を取ってくださる。みな良い笑顔だ。これから満行までは駆け足のように日々が過ぎてゆく。


 日中上堂の際には「香水瓶」を持っていく。昨日、御札摺りを終えているので、東側に置いてあった版木を搬出し、そこに練行衆の香水瓶を置いていく。日中の時が終ってから香水瓶に、昨年の香水を入れていく。明日にはお水取りが行われるので、今のうちに昨年の香水を出しておくのだ。


 一年間、観音様のお膝元で熟成されたお水であるが、不思議なことに腐ったりはしない。やはり、これは観音様のお力なのだろうか。そしてこのお香水をたっぷりともらえるのは参籠者の役得である。和上さんの香水瓶から順に香水を注ぐ。しかし、いざ私の番となって瓶の蓋を開けると…なにやら酒臭い。


 覚えておいでだろうか?私が別火坊で「この日本酒の瓶を煮沸して洗っておいてください」とお願いしたことを。そう、外側はきれいになってラベルも剥がされた状態であったrため大丈夫だろうと思っていたのだが、肝心の中身は洗われていなかったのだ!がっつりと酒臭さが残っている。確認しておけばよかった。すぐに童子さんに水洗いしてもらったものの、香りは取れず…。仕方ない、と香水を入れるもちょっとお酒の香り。般若湯かな?


 また、同時に香水を入れるカメとその周囲も掃除する。これが大変。須弥壇の下に潜って、手箒でホコリを書き出すのだ。この時にマスクをしていないと肺の調子が悪くなるほどに抹香やホコリが詰まっている。でかい図体をなんとか壇下に押し込む。もちろん法衣を汚れる。そのため、処世界や権処世界のうちは塔頭僧侶も自前の重衣は用いず、お寺の公物を借りて行法に臨むという。もちろん私もレンタルだ。あちこちほつれているのは歴戦の証。


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