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執筆者の写真望月 大仙

処世界さんの日記(参拾八)

令和二年三月二日



 この日の六時の日記には細かな失敗がつらつらと書かれている。しまうべきものを忘れたり、持っていくべきものを忘れたり、発音が間違っていたり、後行道で堂司を追い抜いたり、ガタガタと走るべきタイミングで大股で歩いていると和上さんから「君走ってないやろ」と注意されたり、つけておくべき火を忘れたり。これら一つ一つを解説するのはとても難しい。それゆえに、修二会は身体で一つ一つ覚える行なのでしょう。間違えたり、忘れたりしても先輩練行衆は怒らず「そういうものだ、仕方ない」と優しくフォローしてくださいます。


 さて、この日の「日中」の法要をもって「次第時」と呼ばれる一称一礼(全ての練行衆が称名悔過において一節唱えるごとに五体投地の礼拝を行う)の丁寧な行法は終わります。以降は、上半身を折り曲げての礼拝や蹲踞から素早く立ち上がる礼拝を交えつつ行う。身体的な負担は大分軽くなります。礼拝の回数ですがこれ以外にもありますが、例えば「初夜」では大まかには以下の通りです。


「称名悔過」 前段 20回 ○

       後段 19回 ○

「宝号」   上段 24回 「南無観自在菩薩」 ○

       中断 20回 「南無観自在」 

       下段 18回 「南無観」


 丸をつけた部分は次第時で五体投地を行う部分です。こうして数えてみると63回も礼拝をしていることになります。暖かい年では、汗をかいてしまうことも。汗をかくと一層快音が奪われます。


令和二年三月三日


 朝には娑婆の僧侶方が「次第時」の満了をお祝いしにいらっしゃいます。修二会の行法においてこの次第時が重要な位置付けであることがわかります。そして、この日は待ちに待った「称揚」。すなわち処世界さんの時導師デビューの日!挨拶に来られた皆様も、激励のお言葉をかけてくださいます。


 午前中は頭の中でイメージトレーニング。特に声明以外の所作については何度も繰り返し確認します。経文は覚えることができています。あとは緊張せずに、それを出し切ることができるか。な


 日没の行法が終わると、初夜に向けての掃除と準備を行うのですが、その際に先輩方から実際の動き方、そして「五体投地」のやり方の伝授をいただきます。新入の処世界は称揚まではお客さん。掃除以外の仕事はありませんが、称揚が終わるとそれ以降は時導師に当たらない分ということで五体投地が多くあたっています。


 さて、修二会の五体投地は他のお寺で見られる五体投地とは全く異なります。五体板と呼ばれる長い一枚板。少し跳ね上がっており、跳び箱の踏み板のようなしくみです。先には白い座布団が置いてあり、練行衆はそこに全身を叩きつける。それによって二月堂が打楽器のように大きな音を鳴らす。お堂の外にいても聞こえる大きな音です。


〈参考・五体投地〉


 もちろん怪我のリスクはあります。同室の大導師さんもかつて衆之一を勤められていた時、ちょうどお水取りの日だったといいます。目測を誤り、足を痛めてしまった事があるという。昨年にも、五体で大きな怪我をされた練行衆がおり、身体を張った作法であることは間違い有りません。ちなみに処世界さんの五体投地デビューは翌日の日中であります。


 参籠宿所に戻ると、当山の信徒の方がお見舞いに来てくださいました。コロナ対策のため、参籠宿所の中には入ることができませんが、夜分には称揚の聴聞に来てくださるということです。本当に嬉しい限りなのですが、この時の処世界さんは余裕がなく、信徒のみなさんにろくに挨拶もできませんでした。


 しかし、和上さんが顔を出してくださり、皆さん大いに喜ばれていたことは覚えています。後になって、後悔しましたがその分は後夜の声明を聞いていただくことこそがお返しになるのだと。初夜からの行に備えて仮眠を取ります。しかし、頭では休まなければとわかっていても身体は正直なもので、ムズムズして眠れないのだ。


 処世界の仮眠時間は他の練行衆と比べても短いものです。特に新入の場合はやることの手順も確立しておらず、手際も悪い。そのため17時ごろには上堂していました。この日も処世界童子を伴い17時には上堂。できる限り手早く掃除を済ませ、どのような動作を行うのか、一人でイメージトレーニングを行う。今年は新入のいない年ですが、新入のいる年のこの日の掃除ではこのような切羽詰まった処世界さんの姿を見ることができるかもしれませんね。


 さぁ、夜の行法が始まります。


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