処世界さんの日記(参拾七)

令和二年三月二日



 食堂作法。二回目ということもあり、緊張は軽減されるも鐘叩き役は常に気を張っていなければならない。しかし、昨日の今日でお腹は空いている。ペコペコだ。


 この食堂での食事だが、その作法は長く食べ終わるまで1時間を要する。この食堂の食事で一番目につくのは「白米」だ。


http://www.asahi.com/special/gallery/todaiji_omizutori/20130704P001339AR_a.html


 こちらの写真を見てください。巨大な椀型の食器に山盛りに盛られているのはなんとお米。その量おおよそ五合。練行衆一人ひとりにこれだけの量が割り振られます。もちろん、すべて食べるというわけでは有りません。


 茶碗に取り分けながら食べて、残りは童子さんや仲間さんに下げ渡すといった形を取ります。現在はその限りでは無いようなのですが、昔はそのような順序があったということです。


 さて、食いしん坊の処世界さん。白米が何よりも大好きな私はモリモリに盛ってご飯をいに流し込みます。食事は身体の資本。昨日の礼拝行で体力が必要であることを実感したので、より一層ご飯を多くいただきます。正面にいらっしゃる咒師さんが驚いたような呆れたような顔で私の食べる様子を見ておりました。


 食事が終わった後も、「君、えらい食べてたなぁ」と周囲からイジられるほど。南二さんなどもかつてはよく食べていらしたようですが、今ではだいぶ控えめに。たくさん食べるのは若輩者の特権ということでしょう。


 修二会の行法の特徴に、一日一度の正式な食事をというものがあります。これは「非時食戒」によります。この戒律は「食事は午前の決まった時間でしかとってはいけない」というものです。


 理由はいくつか考えられますが、そのうちの一つは食事を取れば眠くなるからではないかと考えます。睡眠欲は五欲にも数えられ、瞑想などの修行に滞りが生じるのです。


 地域によっては、これに対して昼寝をするなどして修行に差し障りの無いようにしています。惰眠を貪ることは仏道修行で禁じられていますが、修行のための必要な睡眠はとるべきであるということです。修二会でも深夜に及ぶ行のために日没から初夜の間は仮眠の時間を設けています。これも修行を完成させるために必要な睡眠です。


 また、修二会では午後に水を摂取することも禁止されています。食堂作法の最後に白湯をいただきますが、それが最後の水分。これが非常に厳しく、走りの行法などを行うと喉がからからになる。時導師や読経、懴法などで声を出した後は喉がきついといった状態を作り出します。練行衆のインタビューなどでは多くの方々がこれを口にします。


 しかし、この非時食戒では「食事」は禁止されますが「飲料」は禁止されていません。実際に私はスリランカの戒律に厳格な上座部寺院で過ごしたことがありますが、午後はみなチャイやフルーツジュースなどで喉を潤しておりました。それはそうでしょう。インドやスリランカでそのような決まりがあれば脱水状態となり危険です。


 であれば、なぜ水が飲めないのか?正確にはわかりませんが、私は修二会の極めて長い法要であることが原因であると考えます。行法中には三回お手洗いの時間が取られます。日中と日没の間、初夜の行法の途中にある「仮手水」と半夜の行法が終わった後にある「本手水」です。


 腹痛などでどうにもならないときなどはその限りではありませんが、それ以外のタイミングでお手洗いに行くことはできません。実際に行法に入ってみると、水分を取らずお手洗いに行く機会を減らすことは合理的であることが実感されます。すべては皆が円滑な祈りために必要なことなのです。


 それはそうと処世界さんはよく食べるくせにお腹が弱いです。それが今でも不安で仕方ありません…。


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