令和二年三月十三日
記念すべき50回目の日記を飾るのは「13日」の修二会。この日の修二会は嵐の前の静けさ。もちろん「走り」「達陀」があるので、11日までよりは忙しいのですが、12日14日という長丁場と比較するとどうしても気が緩んでしまう。
前日のお水取りを終えて下堂したのは四時頃。就寝は五時前といった時間。何となく疲れが体に現れ始める頃です。私自身は昨日の日中に行われた数取り懴悔ではそれまでの蓄積もあってか背中を痛めた。ちなみにこのブログを書いている本年も背中を痛め、痛み止めとロキソニンテープのお世話になっております。
この日は昨日、閼伽井から運んできたお香水を香水瓶に入れる作業。内陣の須弥壇の下にはいくつかの瓶が安置されております。その中にお香水を貯めてあり、走りの後にはそこから汲み出したお香水を礼堂や局の聴聞の方々に参らせるわけです。
この閼伽井の香水ですが、井戸から汲んだ水なので一度布で濾してから瓶に入れていきます。今でこそ綺麗な水が採れますが、一昔前は泥のような状態であったと言います。この水入れの仕事は大導師作法の際に行うのですが、その時はなかなか濾すことができず時間内に終わらなかったとか。
さて、この日の「走り」では処世界さんが「下数」に当たっております。「上数」「下数」は走りの行法において最後まで走る二人のことで、特に「下数」は一人最後まで走り続けます。そして、何周走るかは咒師さんのお気持ち次第。
このお役目は上の役職から順に当たりまして、これは時数表示にも記載されております。
上数 下数
5日 衆之一 北二
6日 南衆 南二
7日 北二 中灯
12日 南二 権処世界
13日 中灯 処世界
14日 次第落ち(権処世界 処世界)
もちろん、事前に決まっておりますが、その日の食堂作法の最後に堂司から改めて指名があります。練行衆はそれを受けて軽く礼をする。しかし、この日の処世界さんは、初めてのご指名であることと、いつもどおりお腹いっぱいご飯を食べて満足し油断していたのでそのことなど頭からすっぽり抜け落ちており堂司からのご指名を無視。南衆さんから注意を受けます。全く耳に入ってこなかった…。
この頃になると食堂作法も大分慣れてきておりますので、逆に気が抜けてミスを連発する。大導師の願文を聞き逃して鐘を叩き忘れたり…集中力切れが顕著に現れます。疲れてるのかな?
さて、走りの行法で初めての「下数」。これは気合が入ります。通常の場合ですと、権処さんがいつ礼堂に飛び出るのかに注意を向けねばなりませんが、咒師さんの合図だけを見れば良いので、かえって「走り」という行に集中できる。他の練行衆が座に着いているなか上数・下数のみの足音が響く。トットットッ。踵を付けないように素早く足を動かす。実のところ処世界さんは走るのは苦手。苦手すぎて水泳部に入部するくらい。上数の中灯さんが走りを終えたら後は私の一人舞台。何も考えず必死に走ります。
内陣の中は神灯の灯りで煌々と照らされ、逆に礼堂や格子の外から見える局は暗闇を湛えている。これらの情報が視界に飛び込んでくる。一周回るのは全力で走るとあっという間。ぐるぐると回るうちに不思議な心地がしてくる。トランスに入るような感覚で、現実感が薄れてくるのです。こうして仏のいらっしゃる世界に近づこうとしたのかもしれません。
そんな心地になりかけた頃に咒師さんから「シッチヘン!」の掛け声。礼堂に飛び出し五体板を打つ。堂司の「帳下ろせ!」の掛け声とともに帳が下ろされ、内陣と礼堂は再び断絶される。
自席に戻って衣体を戻すと全身の力が抜け、急に現実に戻ったように感じる。肩で息をしながら、呼吸を落ち着ける。確かにこの時にいただく香水は甘露と思えるかもしれない。ズズッと香水を一気飲み。余韻に浸っている。こういう時は大抵ぼーっとしているので処世界さんはお仕事を忘れる。
権処世界と中灯が香水を礼堂にいらっしゃる皆さんにお配りするタイミングで処世界童子から「下り松」を受け取る手はずになっている。局にいらっしゃる皆さんは香水の事で頭が一杯で処世界がこそこそ動いていることなど気にもとめないことでしょう。
下り松とは、下堂の際に階段に当ててカンカン鳴らしている杖のようなもののことを言う。これを内陣に入れて、各々に配ったりするのも処世界さんのお仕事。しかし、走りを終えて油断している処世界さんはそれに気づきません。処世界童子が受け取ってくれ!と下り松を帳から差し入れているにも関わらずのんきに座っているわけです。さすがに堂司から注意が飛び、処世界さんは我に返って慌てて受け取りに行く。一つ仕事をこなすと他のことが疎かになる。いつになってもこの癖は治りません…。
さて、この日も達陀。昨日の煙だらけの汚名返上と言わんばかりにメラメラと燃えるお松明。大導師さんが張り切ってつけんだりや!された成果です。しかし今度は極めて熱い。この日も水天のお役目を頂戴したわけですが、流石に腰が引けそうになる…アチチ。
最後のハッタが終って松明の火が消えてもやはり煙は残ります。最後の方になると炎の勢いは弱まり煙が出てしまうのは致し方ない。あちこちで咳き込む声が聞こえる中、晨朝の悔過が始まります。ちなみに11、12、13日の晨朝は「中灯」が時導師を勤めることが決まっています。達陀で場が落ち着かない中で行われる悔過。中灯の腕の見せどころ。力強いお声でビシッとこの日の行法を締めくくってくださいます。
さぁ、残すところ後一日です。
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