処世界さんの日記(五拾参)

令和二年三月十四日



 下堂した時点ですでに六時の行法は終わっているが、満行ではない。この後も法要や片付けが残っているのだ。三月一日は須弥壇の荘厳から始まったように、最後の日は片付けで終わるのだ。これが大変。  参籠宿所に戻るとすでに12時を回り日付は変わっているので食事を摂ります。この食事が厄介なのです。いままでこの日記を読んでくださった方ならおわかりと思いますが、ご飯を食べたり水分を摂ると手洗いに行きたくなる。これが長い行法において問題になるのです。それは最終日でも変わりません。  しかし、一年目の処世界さんは先行き不透明。これからの段取りなど知りませんから、なんの憂いもなくもぐもぐと食べ、水分も摂ります。痛い目を見ないとわからないんですよね。下堂から30分ほどで再度上堂です。本当に」一息ついて」くらいの心地ですね。  参籠宿所で待機していると加供奉行が「お衣お召し」と触れ回る。準備が終われば「只今上堂!只今上堂!」という声が深夜の東大寺に響く。上堂は常の如くだが、初日の開白上堂と同様で、内陣の鍵を持つ堂司は後からやってくる。そのため、他の練行衆は礼堂で差懸を踏み鳴らしながら堂司の登場を待つ。ダンダンダンダンダンダンダン。  この四股踏みによって気分も上がっていく。すでに六時の行法を終えていることも相まって練行衆の顔は明るい。これから最後の仕上げだという意気込みが感じられます。堂司が礼堂に現れ、内陣の鍵が開けられる。初日と同じ構図ですが、この十四日間に渡る行法を閉めるための扉が開かれたのです。その心持ちは全く異なります。  中に入るとまずは、法螺や、次第、そして時数表など不要なものを童子に預けて下します。牛玉杖を受け取って、牛玉箱を挟んで藤蔓で巻きつける。これで満行下堂の際に練行衆が持っているアレが出来上がります。私もその写真は資料で確認していたので、こんな感じかな?と見様見真似で作ります。我ながら意外とよくできたとニッコリしていると、後ろではすでに次の動きが始まっています。  個人の支度が終われば今度は須弥壇です。壇供や灯明など片っ端から片付けていきます。しかし、壇供は上七日の終わりに下したので何となくわかりますが、灯明などの荘厳具はどこから手を付けてよいのかわかりません。他の練行衆の方々も、自分の仕事に手一杯と言った様子。かろうじて、神灯の搬出など頭を使わずにできる仕事を見つけて手伝います。どれを出して、どれを残すのか。何をどこから取ってくるのか。これは三年目になっても未だ把握できていません。一年目など言わずもがな。恥ずかしながら、ほとんど役に立ちませんでした。  須弥壇の上がある程度片付くと、身軽な練行衆が上に登って掃除をするのですが、これがまぁ大変。ホコリやススが一斉に舞います。やはり達陀のためか、その舞い方は11日の壇下掃除以上です。このときばかりはマスクが欲しくなりますね。貝鈴香炉経本など、お借りしていた道具類も元の箱に戻し、最後は大導師が「最上箱」と呼ばれる箱に小観音さんの荘厳具を入れる作法を行い一通りの片付けが終わります。おおよそ一時間ほどでしょうか?かなり動き回って疲れているはずなのですがちょっとハイになっているのかあまり疲れは感じません。  そして「涅槃講」。5日の実忠忌と同様に論議法要が内陣で行われ、それが終わると「堂内の清め」「互為加持」「次第香水」忙しい動き。特に忙しいのは堂司。あっちいったりこっち行ったりと大忙し。そして、牛玉宝印授与。堂司が各練行衆のおでこに、朱の印を押します。これぞ満行の証。

0件のコメント

最新記事

すべて表示