処世界さんの日記(二)

令和二年二月十二日 前篇



 「2月12日って何かあったっけ?」


 修二会の聴聞に来られる方でもこの日のイベントについて知っておられる方は少ないでしょうね


 この日は「習礼」(しゅらい)という行事があります。これは修二会の新入に待ち受けている最初の関門です。

 修二会では毎日六回の法要がありますが、それぞれ「日中」「日没」「初夜」「半夜」「後夜」「晨朝」と古い一日の分け方で名付けられています。これを「六時」といい、「六時」に行われる声明(節のついたお経)でリード役を務める僧侶を「時導師」と呼びます。


 新入の練行衆にとって最大にして唯一の仕事は、三月三日にこの「時導師」を務めることで、それを「称揚(しょうよう)」といいます。


 この時の声明は常とは異なる「本節」で唱えられ、一味違った声明を聴くことができるため、それをお目当てに来られる方も少なくないとか。


 ところで、新入の練行衆にとって修二会の声明というのは未知の存在です。特に末寺の私にとっては全く初めて出会う節回しと言ってもよく、「南無観」というものがあるらしいということしか知りません。そんな状態からのスタート。


 では、いつから声明のお稽古が始まるのか?


 それは12月16日以降ということになります。奈良の方であれば二ヶ月もあるな!と思えるかもしれませんが、私は神奈川の人間。何度もお稽古をつけていただけることもできませんので、不安がつきまといます。


 1月に入ってからようやくお稽古をすることが出来ました。場所は二月堂受納所。私の師僧である筒井寛昭長老から伝授を受けます。


 末寺の新入が時導師を勤めるのは「後夜」。本山の新入の場合は「初夜」となります。後夜の「本節」は初夜のそれと比べると易しいと言われました。とはいえ、こちらはズブの素人。覚える量は少なくありません。


 修二会の声明の特徴として、暗記する必要があるということが挙げられます。なぜなら礼拝をしながら唱える必要があること、加えて暗所でありテンポが早いことから、例え経本を見ても良いと言われても見ることはできないでしょう。


 聴聞したことがある方や、NHKやYouTubeで中継をご覧になったことのある方には「確かに」と納得していただけることと思います。見たことがないという方は暗がりの中でスクワットしながら高速でお経を唱えている様子を想像してくださいませ…


 さて、お稽古ですが正直に言うとボロボロでした。正解の音が身についていないため何が正しいのか全くわかりません。それまで、自坊で自分のお経しか唱えてこなかった私にとってお経の稽古というのは新しい体験だったのです。


 これを読まれている方の中には、普段からお経を読まれているかたもいらっしゃるでしょう。しかし、お稽古をつけて正しい音で出せているのかをチェックされた経験というのは無いのではないでしょうか?


 私自身、東大寺が主催されている指導者講習会にて行われた集団での「散華」のお稽古程度しかありませんでした。散華もソロパートなど回ってきませんから、言ってしまえば周りと合わせることができるのです。


 しかし、「時導師」というのは全てがソロパート。静寂の中で唯一人,観音菩薩に懴悔の祈りを唱える。ものすごい大役なのです。


 そのプレッシャーも相まって、自坊でも毎日何度も練習を繰り返しますが、近くに見てくださる方もいないので合っているのかどうかわからない。このままでいいのだろうか?と不安ばかりが先行します。


 そんな中で助け舟を出してくださったのは、東大寺の僧侶の中でも年齢の近い先輩方です。私が東大寺入りした時には、声明のお稽古に付き合ってくださり、長老様からご指導いただいた部分で理解が追いつかなかった点や、身についていない点などを指摘してくださいました。本当にありがたいことです。


 こうして長老様や先輩方の助けを借りつつお稽古を重ねるわけですが、その成果を披露するのが2月12日に行われる「習礼」なのです。


 ただし、個室で師匠からチェックを受けるといった個別試験ではありません。管長猊下や長老様を始めとして修二会の先達が二十名以上いらっしゃり、その前でたった一人、拙い声明を唱える。これがどれほどの緊張を生むのか、想像に難くないでしょう。


 はたしてどのような結果が待ち受けているのでしょうか?

 (後編に続きます) 


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