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執筆者の写真望月 大仙

権処さんの日記(拾壱)

令和5年2月27日


 夕刻になり、少し日が傾いてきた頃。「衣の祝儀」が始まる。


 衣の祝儀とは、修二会の本行中に着る「重衣(じゅうえ)」と呼ばれる衣を受け取り、一度着る作法である。ただ着物を着るだけ。


 にも関わらずこれは別火坊での行事の中で最も荘厳な時間で、総別火に入ってから張り詰めていた空気が最高潮に達する瞬間でもある。


 時刻は18時頃。仲間らによって大広間が掃き清められ灯りが消される。室内は自然光のみ。日が沈んで間もないのかまだ明るい。各々席について、座して待つ。


 今までは北座からの景色であったが、今年度は南座。反対側からの景色。対面には新入の処世界さんが座るという、初めての視界に不思議な感覚を覚える。


※北側からの景色についてはこちら


日本画家、華厳宗僧侶の中田文花さんによる衣の祝儀


 権処世界の座る位置からは、廊下で待機している仲間たちの動きがよく見える。今回の仲間は四人のうち二人が新人。いきなりの厳粛な雰囲気に驚き戸惑っている様子。おっかなびっくり重衣を持っている。


 仲間は隣の部屋に置いてある重衣を加供奉行へと手渡す役目。誰の衣か間違えないようにしなければならない。


 重衣を受け取った加供奉行は衣を捧げ持って練行衆一人ひとりに衣を渡していく。配り終えたらば練行衆は各々重衣を身につける。


 薄暗い中、慣れた手つきで素早くこなす。ちなみにこのときにはまだ上堂袈裟などはつけない。なのであくまで「衣」の祝儀なのだ。なので皆真っ黒な姿。


 一方で新入の処世界さんはただ一人白い紙衣のまま。やはり突然の空気に身を固くしているように見えた。肩に力が入っている。


 視界に映るのは黒い重衣の中灯と、白い紙衣の処世界という取り合わせ。白く清浄な紙衣は、練行の世界に入る前段階であることを示しているように見えた。まもなく、この新入も黒く染まり、煤にホコリに、抹香と汗にまみれ練行衆になるのだ。


 この頃になると日も落ちて、夕焼けの色から、仄暗い青色に室内の色が変わる。その中で錫杖を鈴のかわりに、箸を柄香炉に見立てて各々三礼文を小声で唱える。

 「一切恭敬自帰依仏当願衆生…」

 〈体解大道…〉


 密やかに、しめやかに作法は続く。中灯から錫杖を受け取り権処さんも三礼。例年ならばここで処世界さんに錫杖を渡すところだが、今年の処世界さんは新入りのためすでに衣の祝儀を終えている。私で最後だ。


 錫杖を台子に戻す。(大広間の正面奥には台子が置かれており、茶菓の折にはここで三役が抹茶を立てる。)権処さんが自席に戻ると目配せしてこの作法は終わりを告げる。各々重衣を脱いで、常のごとく畳んで自席に引っ掛けておく。


 ここでようやく空気が弛緩し、処世界さんも一息ついたようだ。


 夕食終わって称揚の稽古。これがまた長いのだ。本山僧侶の初めての声明は「初夜本節」と言い、今では省略されてしまった古い節回しで行われる。かつてはすべてこの節で行われていたのだろうか。


 本山の新入が二人いた事もあったそうだ。その時は時間を前倒しにして対応したと言うがそれでもかなり遅くまでかかったという。


 実際、今回の稽古も例年よりは早めに始めたものの声明だけで1時間45分かかった。これだけで処世界さんも他の練行衆も疲れて切ってしまう。本番はこれに礼拝や散華、大呪願などが加わりさらに時間がかかることが予想される。これはなかなかの大事業だ。


 私の称揚は末寺のため「後夜本節」短かったのですがそれでも大変だったが…。

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