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権処さんの日記(拾四)


 参籠宿所といえば、残念ながら最近ニュースにもなってしまった二月堂下にある食堂(じきどう)とひと繋がりになっている建物で、二月堂に参拝したことのある方であれば知らず知らずのうちに真横を通っていることでしょう。


 建てられたのはは建治3~弘安5年、西暦にして1277~1282年のこと。築750年駅から徒歩30分、重要文化財のため増改築不可。冷暖房完全不完備。風呂トイレ共用。四部屋。各部屋にキッチン有り。という物件です。



 また、大導師部屋と咒師部屋は細殿と呼ばれる通路と壁一枚しか隔てていませんから、観光客が壁ドンなどしようものならそのまま響きますし、話声や笑い声などは想像以上に聞こえてきます。


 練行衆にとって昼寝は大切な時間です。もしこのブログをお読みの方がいらっしゃれば、修二会期間中の昼間にここを通る際はお静かにしてくださると嬉しいですね。


 昼の一時から日中・日没の行法を終えると、一度下堂してお風呂に入ってから上堂まで仮眠をとります。大体1〜2時間程度ですね。ほぼ無いに等しい日もありますし、処世界さんは更に短い。



 ちなみに、練行衆が仮眠を取っているか否かを簡単に見分けるにはコツがあります。それはここです。ここは大導師部屋の窓になっておりまして、仮眠の際には完全に閉じているはずです。


 ここ三年は一般の方の通行を制限しているため、静かなものですが、来年以降はどうなることでしょうか。コロナ禍で聴聞の制限など不自由が多かった反面、行に集中するという練行衆の行という視点に限れば良かったと言える点もあるのが事実です。


 とはいえ、コロナ禍でデメリットも享受しています。それがこの参籠宿所入りの場面で訪れます。例年であれば娑婆古練(参籠していない練行衆経験者)が、別火坊から送られてきた荷物をほどいて、宿所内の準備を行ってくださいます。


 しかし、この準備の際にウイルスが持ち込まれる可能性を考慮して、この準備も練行衆が行うことになっているのです。これが存外時間のかかるもので、布団を敷いて、懸仏、念珠、重衣、手ぬぐい、紙手など。


 参籠宿所内の写真はどこまで公開して良いのか、判断に悩む部分でありますが、実は参籠宿所の中というのは、別火坊と異なりお見舞いの際に一般の方も入ることが可能です。


 この時、上の職の方のお見舞いに来られたお客様のためにお抹茶を点てるのも、下の役のお仕事なのです。


 私はその姿を仲間時代に見て(この時お抹茶を立てていたのは当時権処世界の中田定慧師でした)「こりゃあ茶道も始めにゃあかんな」と思い、習い始める切っ掛けになったのです。


 まぁ、現在は裏千家の茶道を習いながらのんびりと茶をすするばかりですが。


 そんな参籠見舞いも、私が参籠して以来4年間中断しておりまして、茶を点てる機会もないまま権処になってしまったわけです。


 あの日見た中田さんを思い起こしながら、ホコリを被っている抹茶茶碗に一抹の寂しさを感じずにはいられません。


 このために鍛えた私の茶筅捌きは中々のもの。出来上がったお抹茶はクリーミーで美味しいと評判です。きっと来年の参籠宿所には高速茶筅振りを披露する私の姿がみられることでしょう。



 そうそう、毎年十五夜には夜に護摩を焚きまして、終わったら月見団子とお抹茶の振る舞いをしているんです。


 その時は私が手ずからお茶を点てておりますので、私の茶筅捌きをご覧に入れましょう。今年は9/29に行われます。


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