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執筆者の写真望月 大仙

権処さんの日記(八)

令和5年2月26日



 この日の風呂は早い。風呂というより禊といっても差し支えないのだろう。なにせ九時半から入り始めるのだ。


 この入浴を終えると練行衆は紙衣を身にまとい「総別火」と呼ばれるより制限の厳しい生活へと突入する。この時の風呂も例に漏れず、すでに紙衣をまとっている新入さんから。ついで三役、権処と続く下郎順だ。


 紙衣を着たならば大広間へ移動して自席の設えと準備を行う。中灯までは中々に多忙だ。というのも「糊炊き」という力作業が待っている。


 まずは「一徳火」。ここで総別火に用いる火種を新しく作る。「別火」というように、用いる火を別けるのが「別火坊」。「試別火」で用いていた火は昨日捨ててしまったので(捨て火)、今日新しくつける必要があるのだ。


 もちろん堂童子さんのお仕事だ。何度か火打ち石で火種を作る。昔はどこの家庭でもこのように火を起こしていたのだろうか。こうして作った小さな火種を、事前に用意しておいた炭と削った木に添えて一気に炭を起こす。


 これが処世界さんと権処の初めての共同作業。両脇から必死の形相で空気を送って火を起こす。顔を真っ赤にして炭をいこす。私も茶道を習っていたので、炭をいこすことはあれど、今は便利なガスレンジなるものがある。底に穴の空いた手鍋に炭を並べてコンロの火の上に置く。


 やったことのある人であれば分かるだろうが、強火で炙っても中々炭に火がつかないのだ。キャンプでバーベキューをした方なんかもよくご存知でしょう。これを小さな火種から作るわけなので中々骨が折れる。


 あっちからフーフー、こっちからフーフー。そうしてようやっと炭に火がついたところで、ここからが本番。五徳に鍋を置いて「糊炊き」の始まりだ。以前もお話したが、修二会で用いる糊は米粉から作った手作り糊。


 試別火では仲間さんが作った糊を用いていたが、総別火以降に用いる糊はそうはいかない。なにせ内陣でも用いるのだから練行衆が手づから作るのだ道理というもの。しかも作っている最中には中灯さんはずっと十一面観音真言を称えている。


 いわば真言で加持した糊を用いるのだ。粗末に扱ってはならない。それはそれとして、この作業、権処・処世界にとっては力作業。延々と固まるまでヘラで鍋の中を焦げ付かないように混ぜにゃならん。


 初めのうちはサラサラしていても、徐々に粘度をまして混ぜるにも力を込めにゃいけなくなってくる。そうすればもう真っ赤に起こった炭の前で汗をかきながら混ぜ続ける。しかも今年はなかなか固まらない。いつまでやればよいのかと途方に暮れる。


 せっかくお風呂に入ったのに汗だくである。修二会は春を呼ぶというように、冬のさなかに行う行事であるが、存外汗をかく機会は多い。肉体派の行事でもあるのです。


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