処世界さんの日記(拾四)

令和二年二月二十二日



 朝八時になると別火坊内では鐘が鳴らされ、「お目覚(おめさ)ーーー!!」という加供奉行の大声で叩き起こされる。同時に仲間衆が雨戸を勢いよく開け慌しい様子で一日が始まる。


 逆を言うとそれまでは布団の中で静かに過ごさなければならない。八時起床って遅くない?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは本行に向けた準備なのです。食べれる時に食べ、寝れる時に寝る。これが無事満行のための前提条件。(中にはパワフルで睡眠時間が少なくてもバリバリの人もいます笑)


 朝食には駈士さんのご寄進された小豆を使った粥。昨日の挨拶の際に頂いた干し柿を食みながら一日のスケジュールを考える。といっても、声明のお稽古と処世界日記の写ししかすでにやることは残っていない。というより、それこそが新入処世界最大の仕事なのだ。


 本行の手順が書かれた日記を写すことで予習になる。といっても、書かれている内容は微塵もわからない。皆さんもご覧になってみてください。おそらく全くわかりません。修二会特有の用語ばかりで「これは…何のことを言っているのだ?」「どこに何があって何をすればよいのだ?」とかえって不安が募る結果に終わります。


 そうこうしていると、訪ね人あり。橋本聖圓長老であった。わざわざ、お見舞いに来てくださった。恐縮していると、どうにも新入の練行衆にはお見舞いに来る習慣があるそうで。しかしこちらはテシマの上で座っていて、長老様は結界の中に入れないので縁側で立ったまま。なんだか痒い気持ちになりながらお見舞い受ける。今後も長老様方がいらっしゃると思うとちょっと緊張。


 午後に成ると狹川宗玄長老がいらっしゃる。御年99歳とは思えない壮健さ(現在は101歳)。長老様がおっしゃるには、ご自身が新入の練行衆であったときも、この上壇の間で過ごされていたという。なんとも懐かしそうに語られる狹川長老の様子に、修二会の歴史の一端を感じる。狹川長老が初めて籠もられたのは今から80年以上前のことであろうか。それでも1270年の歴史の中ではほんの最近の出来事。想像もできないスケールと、その末端にいることに不思議な心地がしました。


 さて、お風呂の時間であるが、今日は他の練行衆と一緒である。前回書いたように総別火に入った処世界がまず入り、次に和上~と続く。昨日は他の練行衆は試の湯にて外で入ってきたため、他の人に気兼ねすること無く入浴していたのである。


 今まで通りのんびりと準備をしていると仲間さんがすでに出たと勘違いして和上さんを呼んでしまった。結果として和上さんと一緒にお風呂という珍事と相成ったわけである。「いやぁ、処世界!頑張っとるかぁ?」といつもの明るい声でお声掛けられながら、なぜか一緒に湯船に浸かる。そこそこに大きな身を目一杯縮こませての入浴。ドキドキです。明日は呼ばれたらすぐに入れるよう準備しておかないと!


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