処世界さんの日記(拾六)



 さて、花ごしらえなどと大仰な名前を付けてはおりますが、やっていることは単なる工作でして。言ってしまえば幼稚園児でも出来るような作業です。それを大の大人が集まってやっているというのも面白い光景です。


 しかし、その材料は全く子供向けありません。用いられている和紙は染色の専門家である吉岡幸雄氏がかつては染めており、現在は娘さんが継がれているとのことです。自然の素材を用いて鮮やかに、しかし落ち着いた紅の色に染められております。そのためか、糊付けをしていると手がだんだんと赤くなっていくのですね。


 さて、花ごしらえが終わると、今度は声明のお稽古があります。これは毎晩行っている平衆の稽古とは異なり、修二会の行事の一つとしてのお稽古。なので、大広間で全員参加のお稽古になります。いわばリハですね。


 ここで、処世界からおおよそ中灯までが時導師の稽古をするわけなのですが、新入にとっては人前で行う初めての稽古になります。夜のお稽古には新入は参加できず、あくまで聞いているだけ。人前で声明を唱えあげるのは十二日行われた新入習礼以来のことなのです。


 ですから緊張もひとしお。流石に習礼のときほどの緊張はありませんが、それでも和上さんを始めとして練行衆全員の前で行う声明に緊張を隠せません。先輩がたからも「大丈夫だから」「まだまだ出来ないのが当然」との励ましもいただきます。


 しかし、12日からこれまでずっと自主練を欠かさなかったという自負はあります。ですが、寺外の者にとって圧倒的に足りていない経験があります。それは耳で聞く経験です。この日記を読まれている方の中には修二会が大好きでたまらない!という方も多々いらっしゃることでしょう。そういいった方々は何度も声明をCD音源や、実際に聴聞に行っているためかなり覚えていらっしゃる。


 一方私はというとほとんど耳に馴染みがない。もちろん、遠い神奈川にいるということもありますが、一般的な青年であった私は修二会という行事にそこまで興味がなかった。大学一年生の時に、仲間として一ヶ月間籠もらせていただきましたがそれもバイトの延長という感覚で、とてもではありませんが聴聞に伺うほどの熱意はなかった。(それよりも長く寝たかった汗)


 自業自得といえばそれまでですが、その経験の無さが声明の不出来さに直結しているのも事実でしょう。NHKの放送で修二会を知ったという方も、あのよくわからない呪文のようなお経を譜面を渡されて覚えましょう!と言われてもJ-POPなどとは全く違う音の出し方、声の使い方に困惑されること間違いなしです。だからこそ、惹かれてしまうというのもあるのでしょうね。


 今年以降の新入の方々は幸運です。NHKの放送は本当に素晴らしい教材を残してくださいました。練行衆が悔過の際にどのように動いているのか?どのようなテンポで進むのか?影像として見ることが出来るというのは何よりの財産でしょう。私もあれを見ながら、来年以降の修二会に向けて稽古を進めていきたいと思う次第です。


 さて、そんな便利な教材も無い私こと令和二年の処世界さんは呼吸を落ち着けて後夜本節の稽古に挑みます。緊張すると呼吸が浅くなり、なかなか息を整える事ができません。習礼の時はそれで苦労しましたが、今回はちょっと違います。


 修二会の声明は時導師とそれ以外の10人からなる『ガワ』と呼ばれるパートが交互に礼拝をしながら進んでいきます。習礼のときの私はそれさえも知りませんでした(汗)。しかし、お稽古を見学してきたことで何となくそのタイミングが掴めてきます。


〈参考〉後夜の声明

https://www.youtube.com/watch?v=UxJE96yAWuU&t=905s

 時導師が唱えたあとに同じ句を大勢が唱えているのがわかるでしょうか?


 要するにガワが礼拝をしている時は一息つくことが出来るということに気づきます。参考の動画は13日のものですが、新入が行う称揚はもっっっっとゆっっっっっくり行います。というのも、一回一回五体投地をするためです。五体投地といっても、修二会名物の「ッダーン!」というものではなく両手を額を床につける通常の五体投地ですね。


 なので、座って立つ時間を考慮して声明を進めなければなりません。その時間を利用して、ゆっくりと呼吸を行い息を整えることができる…。そんなことを考えていたせいですかね。盛大にミスります。


 先述の通り実際の流れを知らず、次第(譜面のようなもの)しか見ていないわけです。なので身体ではなく頭で覚えている。ですから次第を何行かふっ飛ばしてしまうということが起きます。どれくらいふっ飛ばしたのかというと動画の8:50ごろから14:50まで飛ばしました(笑)


 これにはガワを勤めていた練行衆もびっくり。実際にやっていればどれだけ無茶な飛ばし方をしたのかわかりますが、次第の上では数行飛ばしただけなのです。これが経験の無さということですね。他にもたくさんの間違いがあったのですが、書き出したらきりがない…。これが10日間の自主稽古の成果ですと胸を張れるはずもなく、しょんぼりとしてしまう処世界なのでした。


 その日の夜も稽古が行われておりましたが、これが今までの稽古とは異なり早い早い。「えっ!本番ってこんなに早いの?いやいや絶対無理やん」と焦りに焦る。節から文言まで完全に暗記していなければついていくことも出来ません。


 というのも、この日までの稽古は「次第時」と呼ばれ、前述のように一回一回礼拝を行うゆっくりとした声明のお稽古だったのです。これは三月一日に行われるもので、二日目の日没からは礼拝が簡略化され動画のようなスピードになります。


 もし、来年の修二会が聴聞再開となったのならば是非、一日の声明をお聞きください。他の日とはまた一味違った声明を聴くことができるでしょう。


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