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執筆者の写真望月 大仙

処世界さんの日記(拾七)

二月二十四日





 早朝、六時頃。普段なら静かな別火坊にリズミカルな音と、変わった匂いが鼻孔をくすぐる。


 寝ぼけながらそっと障子を開けて縁側に出てみるとその匂いが「餅」であると気づく。手洗いに向かうとその匂いながら煙がすごい。途中、仲間さんと出会ったが仲間がたもこの「煙」で起こされたという。


 修二会で用いられる火は清浄なもののみである。当然、米の煮炊きもその火を用いる。便利な炊飯器も無ければ、コンロもない。結果として、大量のもち米を炊くためには大量の火が必要で、大量の火はその熱量だけでなく煙とすすとを生み出すわけだ。


 この日に炊かれ、つかれるお餅は「壇供」と呼ばれ、その名の通り内陣にある観音様の壇にお供えするためのお餅である。NHKの放送をご覧になった方ならおわかりと思うが、内陣に山のように積まれた白いもののことである。奈良の悔過法要ではこの壇供は欠かせない。薬師寺の修二会(花会式)でも同様に壇供がお供えされている。


〈参考 NHKスペシャルHP〉

https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/blog/bl/pneAjJR3gn/bp/pG8yMNylmX/


 この壇供つきは二度あり、この日は「上七日」の壇供を作る。修二会は二週間前半を「上七日」後半を「下七日」としており、それぞれに壇供をお供えする。上七日にお供えする壇供はその数1000面にも及ぶという。


 早朝から童子(それぞれの練行衆についており、松明を作り持たれている方々)と三役が必死の形相で餅つきに挑む。時たま仲間などが手伝うが、童子たちの圧倒的な熱量に押され気味である。私も仲間の時に何回か手伝わせていただいたが、文系青年の身にはとてもとても…。


〈参考〉

https://www.nara-np.co.jp/news/20170225110020.html


 ちなみに処世界さんは手伝うことなど出来ません。すでに総別火に入っていますから土間に下りることも出来ないわけです。そもそも紙衣をずっと着ていますから、もしそんな動きをしたら汗だくになること間違いなし。


 遠くから眺めていると足元に新聞が置かれていた。今日は祝日らしく、天皇誕生日の振替休日だという。一週間も俗世から離れていることを改めて実感する。


 この日はかなり暖かかったので牛玉箱や掛け本尊を吊るすための紐に紙を巻く作業を行う。処世界から中灯までの三人のお仕事で、やいのやいのと協力しながらの作業。半紙を3センチほどの太さに切り、繋げたもの(誰が言い出したか通称そうめん)をくるくると巻きつけていく。


 ただ巻くだけでなく、糊を溶かした水に付けながらの作業。練行衆が内陣に持ち込んで使うものはこのように一つ一つ清浄にしなければなりません。牛玉箱を包む紙や、掛け本尊の紙など毎年新しいものに変えるのが通例です。

 

 この日もお風呂事情がまた変わります。三役さんは壇供作業で心身ともにくたくた。なのでこの日だけは練行衆よりも早くお風呂に入ります。しかし、それでも新入の処世界より先に入ることは出来ない。


 そのため私はお昼ごはんが終わるとすぐにお風呂。13時頃のこと。こんな時間に入っても、夜までに結構汚れると思うんだけどなぁ。などと思いながら早々に湯船に浸かるも落ち着かない。ちなみに別火坊は戒壇院の庫裏なので、洗い場こそ二人分あり、そこだけは広いのですが、お風呂は一般的な広さです。


 午後は処世界日記の写本と声明の稽古。夜はふすまの向こうで行われる稽古の盗み聞き。昨日の全体稽古でのミスが未だに脳裏によぎります。自主稽古ではうまくいくのに…と。次回の処世界の稽古日は何日か後にならないと無い。一先ずそれを目標にと思いながら火鉢の炭をいじって一人の夜を過ごす処世界さんなのであった。

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