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執筆者の写真望月 大仙

処世界さんの日記(弐拾)

令和二年二月廿七日 お引越し篇




 朝、最後の一人飯を満喫したら九時頃からお引越し。えっちらおっちら私物箱や牛玉箱などを運んで行く。ふすまを隔てているのでショートカットできそうだが、そうは問屋が卸さない。そこはふすまだが壁として扱うそうだ。このような見立ては日本の伝統ならでは。




 茶道でもありますよね。超えてはいけない場所が。師匠からはよく指導されたものです。最近はコロナ禍でお寺の茶道教室も開催できず、お道具が宝の持ち腐れ状態に…。



 全員の引っ越しが終わり、広間には11人の練行衆が。北座は少々手狭で、座るにも正座するのがやっと。それでも中灯さんが気を使ってくださっているほど。私は半跏坐が好きなので、基本的に半跏坐か結跏趺坐で過ごしますが、ものを書く時はどうしても正座をしないと難しい。そういう時はまっすぐ座らずにちょいとずらして座るのが肝要です。




 おおよそ処世界と中灯の配置はこのような感じで、顔を突き合わせ続けることとなる。急に周囲に人が増えてなんだか落ち着かずにソワソワ。




 練行衆は下郎順に風呂を済ませ、紙衣に着替えていく。中灯さんが風呂から上がると、処世界・権処世界・中灯は糊作りの時間。これまでは仲間さんが作ったお手製の糊を使っていたが、これ以降は練行衆お手製の糊を使う。


 糊の作り方はご存知でしょうか?米粉と水を火にかけて、延々と練る。それだけ。ただただ力作業なのです。もちろん、ここで用いる「火」は総別火以降に用いる清浄な火。


 堂童子がやってきて火打ち石で火を付ける。松の削りカスを用いて種火を大きくしていく。目に見えるかどうかの小さな灯り。これが総別火における練行衆の生活を担うことになるのです。


 堂童子さんが大事に育てた火を受け取った我々は廊下の火鉢にて炭に火を着け、糊を炊くべく鍋をかける。処世界と権所はそれぞれかき混ぜるためのヘラと火吹き棒を持ち、中灯はそれを眺めつつ十一面観音真言を唱え続ける。無言の行。力いっぱい空気を送り、力いっぱい糊をかき混ぜる。


 ゴリゴリゴリゴリ。フーフーフーフー。オンマカキャロニキャソワカオンマカキャロニキャソワカ。


 これがなかなか難しい。もう少し水を足したほうが良いだろうか?いや、混ぜ方が足りない。まだまだダマができてるじゃあないか。水入れすぎたかな?火力が足りない、もっと吹け。


 先輩のアドバイスを聞きながらの作業は、少しく楽しい。汗を流しながら出来上がった糊は、小さな竹の容器と笹の葉に包んでおく。本行中の紙衣や差懸の修復などはこの糊を用いる。しかし、その実使われることは好まれない。


 というのも、この糊。放っておくとカビるのだ。それはそうだろう。無添加100%のでんぷん質である。ある時、糊を使おうと糊入れに指を突っ込んだらカラフルな糊が出てきたという話も聞く。(匂いも推して知るべし)しかし、清浄な糊であるから使わざるを得ない。気温の高い年は要注意とのこと。


 そうこうしていると最後に和上さんが風呂から上がる。堂童子が広間の入り口に結界を張り、これ以降広間には一般の方が入ることは出来ない。練行衆であっても私語は厳禁。大広間の手前の廊下にある火鉢。そこでのみ会話が許される。


 この火鉢の火を絶やさないように管理するのは、最も下座に座る初世界と権処世界の仕事だ。しかし、この炭を立てて火をおこす作業というのは、実は楽しい。キャンプをしたことがある方なら共感していただけるでしょう。焚き火を組み立ててうまく火をおこそうとする作業の楽しさを。


 なので、この仕事は競争率が高い。油断すると上の役の方々が炭を補充してしまう。下のものとしては何としても仕事を全うしようとするが「これが楽しみなんや。取らんでくれ」と言われてしまうと手が出せない。ジレンマである。


 さて、もうすぐお昼お時間だ。総別火に入ると食事の作法も大きく変わる。説明したいが今回はここまで。次回はお料理編。お楽しみに。


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