処世界さんの日記(弐拾四)

令和二年二月二十八日



 午前四時にちょいとお仕事したためか鐘がなるまでぐっすりと寝ていた処世界さん。慌てて飛び起きる。


 この日は朝食後に娑婆古練(参籠しない寺内の僧侶)からの挨拶を受ける。基本的に和上さんが代表してお話されるので、下の者は正座にて待つのみ。このような挨拶も、令和三年にはすべて距離を離して行われたため、本来の作法については記憶が曖昧である。はたして今年はどうなることやら。


 九時半からは花つけ。花ごしらえで作った造花の椿を、本物の椿の枝に付けていく作業だ。内陣の四方に飾る大きい椿の木、細々と飾る中くらいの木と小振りな枝の三種類。たくさんある中からちょうどよい大きさの枝をチョイスして花を挿していく。


 この時に大切なのは花を落とさないようにすること。床に落ちてしまった椿は「塵になった」とされ、もう使うことは出来ない。地に穢れてしまったとみなされるのだ。これは練行衆も同じで、地面に触れることは許されていない。しかし、転んでしまい地面についてしまうこともある。その場合「チリになってしまったなぁ」とからかわれるのだ。


 この時は新聞記者の方が写真を撮りに来られ、この年のものではありませんがネットで記事になっているので参考までに

〈参考〉

https://www.asahi.com/articles/ASM2W3VD7M2WPOMB00B.html


 この作業は堂司が監督し、平衆が全員がかりで作業を行う。処世界は小さい枝を担当。30センチほどの枝を探して3つほど花をつける。中灯・権処世界は中くらいの枝を。それ以上はそれぞれ大きいものを担当(記事の写真)。


 出来上がったら大きいものから大広間に仮置き。この時は広間で待機していた四職も協力してことに当たる。椿が落ちないよう細心の注意を払うのだ。まぁ、それでも落ちるものは落ちる。落ちてチリになったものは堂司の差配で配られる。読者の中にはそういった糊こぼしをいただいた方もおられるのではないでしょうか?


 10時半になると「大導師茶菓」がある。そう、「お菓子の時間」だ。総別火以降は食事や飲み物に対して制限がかかる。これは「不非時食戒」に基づくのだろうが、これについては本行の段に入ってから改めてお話したいと思う。


 さて、四職からはお菓子が振る舞われ(和上茶菓については日記に書き忘れていた)堂童子さんがお抹茶を点ててくださる。この際に「導師さん、いただきます」と挨拶するのが恒例である(口伝あり)。この時は和気あいあいとした空気である。ちなみに、この際のお茶菓子は四職の方が自分で選ぶそうで、何を出すのか他の人とかぶらないかなどと思案するとかしないとか。


 そんなこんなで、あっという間にお昼の時間。前日と同じく、作法を経ての食事。とはいえ、残りの時間やることといえば声明のお稽古である。他の練行衆は「衣の祝儀」があり、その準備で慌ただしくしている。新入はすでに行っているため、今回は座っているだけの作法だ。



 誰も使わないということで、せっかくなので千手堂でお稽古をしようと加供さんから千手堂の鍵を受け取る。この千手堂であるが、普段は閉めており不用意に入ると警報がなる仕組み。これは昨今どのお堂でも同様の設備が備わっているという。私も二月堂上にある観音堂で加行を行った際にはよく警報を鳴らしていたものである。


 中は真っ暗。障子戸にして外から灯りを取り入れる。堂内に独りでなので声を思い切り張り上げての練習。これは中々出来ない。ただ、中の声は外によく聞こえるそうで、終わると「ここの部分ちょっとおかしくなかったか?」というフィードバック付き。お耳汚しを。私の日記にはこの時に受けた注意やアドバイスが書いてあり、少し懐かしい気持ち。


 呪師茶菓が終わると風呂。それが終わって暗くなってきた頃合い。直に衣の祝儀が始まる。


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