処世界さんの日記(参拾四)

令和三年三月一日


 二回目の湯屋。これ以降は特に儀礼はなく、駈士さんの「お湯屋へござろう!」の掛け声を聞いて大導師さんとともに湯屋へ。湯屋に入る際にはいくつかの決まりごとがある。



 まずは入り方であるが、衆之一以上の練行衆は右の障子を、それ以下は左の障子を開けて入る。上座云々もあるが、これは下駄の置き場が狭いこともあるのでは無いかと思う。そして大事なのは「入ります!」と声掛けすること。障子一枚隔てた向こう側は更衣室。下手をすれば大事故に繋がりかねない。今までも何度かそのような事態があったとか。注意せねば…。


 湯屋が終われば次の上堂まで仮眠。昼間の仮眠は少々暑く寝苦しい。しかし、寝なければ体力がもたない。一時間程度は寝ることができたが、再び加供の「お目覚!」の号令で起きる。ちなみに処世界がこの全体号令で起きるタイミングは限られている。というのも、他の練行衆とはタイムスケジュールがちょいと異なるためだ。それは明日以降のお話になる。


 急いで衣を着て、童子に内陣で用いる道具などを持ってもらいながら上堂。緊張もあって足早に階段を登っていると後ろから「処世界~ゆっくり~」と和上さんから。心を落ち着けて一段一段踏みしめるように歩く。この日の午後の行法は前夜の続きになるので「日没」から。本来、午後一時頃に行う「日中」の行法を深夜に行っているためだ。


 ※修二会は一日六回法要を行う。それぞれ「日中」「日没」「初夜」「半夜」「後夜」「晨朝」と呼ばれ、「日中」「日没」は午後一時より、「初夜」~は午後七時より行われる。


 内陣に入るとまずは戸を開けて、掃除。処世界は箒にて床のホコリや、散華行道で用いるハゼ(米のポップコーンで、ジャスミンの華を表しており散華に於いて床に撒く)などを掃除するのだ。しかし、この「箒」が厄介な代物。長さは3から4メートルほどだろうか?長い竹の柄で、先には固くまとめられたシュロのついた形状。他では見ることのできない誠に珍妙な箒である。



 もちろん、このような箒を用いるのは初めて(見るのも初めて)。全くもってうまく使えず、どうしてよいか途方にくれる。先達から使い方を伝授される。どうも押し出すように使うらしい。やればやるほど藁が溢れる。


 それなら横長の箒で良いのでは無いだろうか?と疑問を覚えつつ四苦八苦する。そうしているとまた別の方から指導が…。みなさん、この箒の使い方には一家言あるそうで。特に処世界歴の長い人ほど。



 この箒は、聴聞されている方からも「なにやらやたら長い棒を扱っているなぁ」と見ることもできますし、実は達陀(だったん)の際に和上・大導師が内陣の裏側で落ちた松明の炎を片付ける際に用いているのです。この不思議な形状は燃えている木片を片付けるためなのかもしれません。


 掃除が終わると処世界が鐘を鳴らし、礼堂の四職に知らせる。そうして「日没」の悔過が始まる。時導師は「南衆之一」。開白以降は上の役から全員が終わるまで順々に時導師のお役目が下りていきます。なので試別火中は特にこの「次第時」と呼ばれるゆっくりとした声明のお稽古を中心に行います。


 ※日中開白・・・ 衆之一

  日没  ・・・ 南衆

  初夜  ・・・ 北二

  半夜  ・・・ 南二

  後夜  ・・・ 中灯

  晨朝  ・・・ 権処世界

  日中(3/2)・・・ 処世界

 ちなみに新入処世界さんの時導師は3月3日の「後夜」一度のみとなっておりますので、「次第時」には当たりません。代わりに他の練行衆が2日の「日中」を担当してくださいます。


 さて、「日没」の声明ですがこれは「初夜」の声明に近い音のフレーズで進みます。つまり、「後夜」のお稽古しかしていない処世界さんは全くついていけません。何とか周りに合わせながら、ひたすらに礼拝をしますが言葉は曖昧。ただ一心に、身体で祈りを捧げることがその時の私にできる最大の祈りだったのです。


 日没の時が終わると今度は惣神所。二月堂の周囲にある三つの社を回ります。処世界は柄香炉と鈴を持ち大導師のすぐ後ろに付き従います。基本的に処世界はこのような荷物持ちとして大導師や咒師の後ろについていくことが多くあります。付き人のような扱いですね。動きが多い。その分、法要で何かを唱えたりといった役割は少ないのです。



 良弁杉の近くにある興成社、受納所の先にある飯道社、北の回廊にて遠敷社をそれぞれ参拝し、修二会の開白の報告と会中の無事息災を祈念します。それが終わるとまた内陣に戻り、前回お話した「例事作法」。この時、用いる錫杖を咒師さんにお渡しするもの処世界の役目。柄香炉と鈴を元の位置に戻して阿弥陀経の経本を懐中し、錫杖を取って一番に内陣から飛び出す。なかなかに慌ただしい。


 もちろん、スムーズに動くことなどできない。差懸を脱ぐ場所は間違えるし、錫杖の出し方は間違える。その都度、和上さんから訂正の指導をいただく。例時作法が終わると今度は壇供積みだ。1000面にもなるお餅を積み上げる。内陣には練行衆しか入れないため、全員が必死になって作業を行う。正面・南北とそれぞれ何面積むのか決まっており、先達の練行衆は指示に従いながら黙々と積み上げる。


 童子さんや仲間・院士さんまで礼堂にて練行衆に壇供をバケツリレーの如く渡していく。もちろん、壇供は機械で作っているわけではないから一つ一つ大きさは微妙に違うし、面も平坦でない。そこをうまく調整するのは、ベテラン練行衆の腕の見せ所だ。うまく入れ替えたりしながら壇を完成させていく。私はわからないので壇供を中継する係に徹する。ホイホイ。


 同時に糊こぼしや南天なども内陣に飾り、壇供を積み終わると神燈と呼ばれる小さな灯明を設置する。これは神名帳を読み上げる際に神々を勧請するための灯となる。こうして初夜の法要を前にいよいよ内陣の荘厳が完成する。そうすると練行衆は一度下堂し、午後七時に改めて松明とともに上堂だ。しかし!処世界さんは掃除のために居残りなのだ!


 処世界さんは北の回廊の脇にある「処世界部屋」と呼ばれるスペースで休憩しつつ、時間になったら初夜の準備へと赴く。何をすればよいのかについては、掃除の際に先輩練行衆から細かく丁寧な指導があり万全だ。多分。きっと。


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