処世界さんの日記(五)二月十五日

令和二年二月十五日



 この日は大仏殿の寺役。華厳経の読誦です。寺役の前には一杯のお茶が出されます。しかし、新入の処世界にとって寺役で飲める最後のお茶になります。


 というのも、新入の練行衆(並びに新大導師)は通常の練行衆と異なり、五日早く行に入るためです。しかし、それがお茶となんの関係があるのか?


 実は修二会には本業と前行があります。本行はみなさんもご存知三月一日から始まる二月堂での悔過法要です。しかし、練行衆は身を清めるための前行として9日(閏は10日)の「別火」の期間を過ごします。


 「別火」とは、その名の通り火を分けることです。俗世間で用いる火と完全に分けることで、穢れを完全に遮断する行為を指します。「穢れ」という言葉からわかるように、これは仏教的な儀礼ではなく日本土着の信仰によるものです。


 今でこそ、日常生活における「火」はコンロの火でしかありませんが、それまでは生きるにあたって「火」と人は切っても切れない縁で結ばれています。


 ハーバード大学の生物人類学者であるランガム氏によれば人類は180万年前に火を用いること成功し、それによって料理を獲得しより多くの栄養を取り込むことができるようになった。これが森を追い出された猿が「ヒト」と呼ばれる種へと進化するキッカケとなったのではないかと考えられるのです。


 それ故か、ヒトは「火」に対して畏敬の念を懐き、どうしても惹かれてしまうのです。先日の修二会の生放送もその主題に「炎」というワードを用いたこともあります。修二会とはヒトの営みの先にあるもので、たしかに「火」を扱う行事でもあるのです。


 さて、「別火」の話に戻りますが「火」を分けると何が起きるのか。日常生活で用いるありとある「火」を清らかな「火」にしなければなりません。先述のように料理で用いる「火」から暖を取る「火」、風呂を沸かす「火」まで徹底的に分けられます。


 そのため、温かい飲み物、食べ物は全て別火坊で供されるものしか摂ることはできず、もちろんお茶の一杯も飲めません。そうして体の中から清浄になっていくのです。無菌状態ならぬ無穢状態と言いましょうか。


 そんな別火入りですが、これから1ヶ月に渡っての行が始まるものですから準備は大変です。特に私は鎌倉からの参籠ということで何か足りないものがあっても家族の助力は得られません。

 習礼の日からの3日間で布団から何から準備を進めます。そこで初めて知ったことがありまして、「布団は「白」のものでなければならない」「動物性のもの、すなわち「毛」が含まれているものは用いることができない」ということです。共に心身を清浄とするための決まりでしょうか。


 このような決まりは東大寺の僧侶方にとっては常識であり、教えるまでも無いことだったのでしょうが、私にとっては寝耳に水です。そんなこと考えて布団選びなどしておりません。急いで車を走らせ大和郡山のニトリへ。白い布団に白いシーツ、白い枕カバーに…とてんやわんやになりながら買い漁っておりました。


 いまでこそポリエステル素材で温かいものもありますが、昔や綿や麻に限られていたでしょう。今以上に選択肢はなかったのだろうなと考えたのですが、話を聞くと昔のほうが柄物が少なかったのか、布団屋にいけばすぐに手に入ったと。今は逆に無地の布団に出会うほうが難しいというのは面白い話ですね。


 話は15日へと戻り、寺役も終わり昼下がり。荷物の搬入が始まります。私物の多くは華厳寮から運び出しますが修二会の道具に関しては、師僧の筒井寛昭長老より多々お借りすることになっております。


 筒井長老は大仏殿の真裏、北方に位置する龍松院という塔頭寺院にいらっしゃり、そこから別火坊へと荷物を搬出します。お手伝いくださるのはもちろん処世界童子の水島太郎さんと、大導師部屋の童子をされる方です。軽トラで軽々と荷物を運び出し。両名とも修二会に多く籠もられている大ベテラン。作業に無駄がありません。あっという間に作業は終わってあとは私が入るばかりです。


 最後の晩餐


 とまでは言いませんが、修二会期間中は精進潔斎。この日の夕食が最後の生臭となります。兄弟子のご厚意に甘えて十分に堪能させていただきました。風呂に入り身を清め、いざや別火坊。


 この時の衣体なのですが、ちゃんぶくろと呼ばれる真っ白な麻の衣を着ます。東大寺では四度加行の終わっていない住職でない僧侶が正式な場で身につける衣装です。



 これは五年前の写真になりますが、左の父・曠靖が着ているのは「素絹」と呼ばれる白い絹の着物。右の私・大仙が着ているのが「ちゃんぶくろ」と呼ばれる麻の着物です。


 東大寺の決まりでは住職になるためには四度加行と修二会に参籠することが前提条件となります。住職になってから直綴(じきとつ)に五条袈裟を付けることができるわけです。それまでは平時は間衣に襷袈裟という出で立ちになり、東大寺で得度された方は基本的にこの衣を着ております。


 さて、私の話になりますが、東大寺の僧侶と異なり末寺の住職になるのに修二会を満行する必要はございません。ですのですでに住職となり、普段から五条袈裟を身に着けております。ちゃんぶくろは何年も前に卒業しており、次の代まで使うことはないだろうと箪笥の奥にしまってありました。


 しかし、新入の練行衆はこのちゃんぶくろを着るという事になっておりますからさぁ大変。タンスの奥から引っ張り出して来たわけであります。しかし、この衣。麻でできており非常に風通しがよろしい(そして夏は暑い)。加えて足袋の着用は許されず、素足に下駄という出で立ちで参らねばならぬ。あぁ、寒い。


 そう入っても誰もが通った道であります。龍松院で着替え、兄弟子に案内してもらいながら19時に別火坊へと向かいます。この時期だけ戒壇院から庫裏へ入る門には「修二会別火坊」の看板がさげられており、いよいよ始まるのだと否応なしに実感させられます。


 門をくぐると暗闇に人の気配。すわなにかと身構えると、どうにも記者の方が待っていたご様子。フラッシュ禁止のお達しがあったのか暗闇からカシャカシャと鳴るシャッター音に、「めっちゃ撮られてる!パパラッチされてるみたい!」となんだか可笑しくなってしまい緊張もどこかへ飛んでいってしまいました。


 別火坊へと入ってしまえば、そこはすでに道場。この別火坊の大広間には「持戒是道場」の書が飾られており、私はこの文字が非常に好きなのです。これを見るたびに身が引き締まり、修行道場のあり方とは、場所ではなく人のあり方なのだと強く実感します。この言葉を胸に修二会へと足を踏み入れたのです。


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