処世界さんの日記(七)二月十七日

令和二年二月十七日


 寺役は三月堂。再び端から端への大移動。幸いにも天候は曇り。しかし、気温は三度、足が冷たい。



 普賢光明寺は不空羂索観音を本尊とするお寺です。(写真は当山本堂)ゆえに三月堂を参拝することは自身の本尊を礼拝するも同じ。心休まるひとときです。幼少期より東大寺に何度も訪れており、来ると高揚より安心を覚えるようになっておりますが、ここ三月堂の堂内はまた違った心持ちになります。


 かつての三月堂は本尊不空羂索観音を中心に伝日光菩薩・伝月光菩薩。弁財天・吉祥天・不動明王・地蔵菩薩・梵天・帝釈天・四天王・阿吽の金剛力士像と多数の仏像が並び立ち、薄暗い堂内に緊張と荘厳さを湛える空間でありました。


 現在は保存の観点から、塑像であった伝日光菩薩・伝月光菩薩・弁財天・吉祥天、そして地蔵菩薩・不動明王は南大門横の東大寺ミュージアムに移動。照明も明るくなり、かつては畏怖を感じた堂内は静謐な空間へと姿を変えました。


 私は四度加行中も三月堂の参拝は毎日欠かさず、本山に顔を出した際にも必ずご挨拶に伺います。別火坊や参籠宿所のように近い場所にいても観音様のお姿を拝見できないというのは少し寂しいものを感じました。


 三月堂の寺役は、何年か前から一般の方もご参拝いただけるようになっており、この日も多くの方がお参りにいらしておりました。お唱えするのは「伽陀」という節のついたお経と観音経です。観音経は常にお唱えしておりますが、この「伽陀」というのは節が本当に独特で、まったく分かりません。この日もなんとか周囲に合わせながら乗り切りましたが、これを書いている今もうまくできるとは言えません。


 この日の別火坊での作業は差懸(さしかけ)の紙の部分を貼る作業です。差懸の土台は職人さんにお願いしているのですが、今回の作業はこの帽子の部分です。この白い部分は紙でできておりまして、厚紙を工作してそれを釘で打ち付け固定しています。それに仙花紙を薄くしてちぎったものを糊につけ、貼り付けていきます。


 最後には仲間(ちゅうげん)達が白墨を塗り、紋を貼り付けて完成となります。この帽子の部分は本行中には蹴ったり、踏んづけたりするため何度も壊れ、そのたびに修理します。しかし、稀にではありますが壊れた際に釘も一緒に抜けてしまうこともあります。それを素足で踏んでしまった!という事故も起きたことがあるそうですので、差懸の扱いには注意が必要です。


 さて、昼食は豆腐のあんかけ。これがまたご飯がすすむ。腹ごなしにと紙衣絞りに精を出していると加供奉行(かくぶぎょう)さんがいらっしゃいました。「これ処世界さん、ここはこうしたほうがよろしいですよ。以前教えたじゃないですか。」


 そう、この年の加供奉行も10年前ご指導いただいた方と同じ方が就かれているのです。もう大ベテラン。10年前は独身でひとり暮らしをしていたのに、今は奥様と暮らされていると聞かされ、月日の早さ実感し、自身の不甲斐なさを悔やみます。


 そうしていると今度は中灯(ちゅうとう)さんがいらっしゃり、今度はマスクを置いていく。ひたりひたり…と疫病の足音が聞こえてきます。


 この日は衆之一(しゅのいち)さんがいらっしゃり、声明のお稽古つけてくださいます。六時(修二会は一日六回法要を行います)の声明では平衆(上役の四人以外の七人)が時導師を勤めます。故に、声明のお稽古は平衆のトップである衆之一が取り仕切り、ご指導くださいます。


 習礼では指摘しきれなかった細かな部分を直していただきます。とはいえ、一朝一夕で治るものではありません。(特に私が苦手としていたのは悔過の『宝殿釈迦尊』の節で未だに間違えることがあります。参考https://youtu.be/UxJE96yAWuU?t=906)

 また、礼拝のタイミングや数珠をするタイミング、鈴の振り方など、体に染み込ませなければなりません。ただ、この時別火坊には私一人しかおりませんので、練習する時間はたっぷりとあります!


 また、別火坊で行う細々とした作業についてもご教授いただきまして、袈裟を入れる紙袋や牛王箱をくるむ紙、紐など一度参籠しただけでは覚えられないようなものが多々あります。


 特徴としては「紙」を扱うことが多いという点です。紙の種類も「仙花紙」「奉書紙」「半紙」「傘紙」と用途ごとに様々。紙でできていますので、大抵のものはその年限りの使い捨て。翌年はまた新しいものをこしらえます。


 紙の扱いとして、初めて出会ったのは紙切り包丁です。修二会ではナイフやカッターは使わず、昔ながらの紙切り包丁で、厚いまな板と木でできた角材のような定規を用いて紙を切るのです。





 これが難しい…。一度にたくさんの紙を切ろうとするとすぐにずれて斜めの切り口になってしまう。横着せずに少ない枚数ずつ行うのが肝心。これも修行…なのだろうか。別火坊での作業は、全てが昔のままです。トイレはきれいですし、蛇口をひねれば水は出てくるように、建物は新しくなっています。しかし、作業一つをとっても形を残すことを大切にしています。


 人は移ろいいくものですし、環境によって考えも生活も大きく変わります。そして、人は形を変えると、心も変わるということはみなさんも多く経験されていることでしょう。服装、髪型、習慣、道具…。本当に人間の心というのは不安定で、移ろいやすく、また染まりやすいものです。


 逆に考えれば、形を変えないということは、そこに宿る人の心もまた同時に継承されるのではないかとも考えられます。現代の日常生活から見れば不合理極まりないかも知れません。それでも、何十年何百年前の人達が同じ場所で同じ道具を使って、同じことをしていたのだ。そう考え、感じることで人間の持つ「伝える力」を実感することもできるのでしょう。


 そう考えると、この不便さもなんだか大変なことをしているような気がしてきます。昔の人はもっとうまくやったでしょうけどね。さて、今日の作業はここまで。明日は処世界の初仕事があるらしい。早く寝るとしよう。


補足

中灯さん ・・・ 下から三番目の役職。北座。昔は南座にもいて二人体制だったとか。練行衆の中では書紀としての役割を担っており、修中日記を書く。堂司が持つ当番表や全体に交付する張り紙など書きものは数知れず、行中は常に筆を持っている。見せ場は七日の小観音様の荘厳。

 この年の中灯さんは私が加行中からお世話になっている先輩。特に声明ではお世話になりっぱなしなのである。


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