処世界さんの日記(一)

これは私、大仙が新入としてお水取りに参籠した2020年度の修二会の記録です。




令和元年十二月十六日  12月16日。  毎年、この日の寺役の前に東大寺開山堂の一室にて翌年の修二会の練行衆が発表される。  本山の塔頭方と違い、末寺は事前に参籠の可否についての打診を受けています。ただし、

「籠れます!籠もらせてください!」

と訴えたところで籠もれるというものではありません。あくまでリストに名前が載るだけであって、判断は華厳宗のトップである管長が行います。

 この日に正式に練行衆として任命されるのであって、その時までは確定ではない。それまでの話から十中八九籠もることになるであろうことはわかっていても最後の最後、自坊の名前が呼ばれる瞬間まではわからないです。

 実は私、一度修二会に籠もった経験があります。それは練行衆としてでは無く「仲間」として。  2010年、私は大学一年生で東大寺に関して殆ど知らない、ましてや修二会については全く知らないただの学生でした。父のすすめで春休みを利用して仲間として籠もらせていただいたのです。  その時は周りは大人ばかりの中でただただ翻弄されるがままの三週間。その当時から「図太い」ことだけが取り柄でしたがなんとかついていくことが出来ました。  修二会がどのような行事なのか、どのような意味があるのか。それすらもほとんど知ること無く、ただただ練行衆の生活のサポートを行うのみの生活でした。その時は泊まり込みのアルバイト程度の意識しかなかったのです。  もし、継続して籠もるようであればもっと違った見方ができるようになっていたかもしれません。現実としては一度しか籠もれませんでしたが、練行衆の方々にはかわいがっていただいたことは大切な経験となりました。

 それから十年後の2020年に行われる修二会。再び修二会に籠もる準備が整いました。  練行衆の発表は「和上、北林院」という狹川普文管長猊下のお声から始まりました。それから淡々と上の役職順に呼ばれ…最後に

「処世界、普賢光明寺」

 それまで緊張していたこともあり、ほっと一息。そのあとに控えていた寺役に関しては全く記憶がございません。ただ、三月堂の執金剛神さんをお参りした際にはこころなしか叱咤激励してくれているように感じたことだけは覚えています。

 寺役が終わるとまずは同じく練行衆として選ばれた先輩方に挨拶を。ただ、幸いなことに今回の修二会にこもられる練行衆の方々は10年前と大きく変わらなかったことが幸いしました。  当時と違う若手の先輩僧侶も、私が加行で籠もっていた時に二月堂にいらした平岡慎紹さんや北河原公慈さん、そして兄弟子である筒井英賢さんと、とても親しくしてくださっている方々。

 関東から修二会に参加するというのは、この1270年におよぶ長い修二会の歴史の中でも私が初めてでは無いか?と言われるほど前例がありません。そんな中で先輩方が温かく迎えてくださったことで練行衆に名を連ねるという一大事に対しても気負うこと無く臨めたのです。先達の皆様には感謝の念が絶えません。  こうして新入の練行衆としての第一歩を踏み出しました。

参考 十年前(2010年)の練行衆(敬称略)   和上  北河原 公敬   大導師 狹川  普文   呪師  平岡  昇修   堂司  上司  永照   衆之一 黒川  佳応   南衆  森本  公穣   北二  上野  周真   南二  尾上  徳峰   中灯  池田  圭誠   権処  中田  定慧   処世界 佐保山 曉祥

   今回(2020年)の練行衆   和上  狹川  普文   大導師 上司  永照   呪師  森本  公穣   堂司  上野  周真   衆之一 池田  圭誠   南衆  佐保山 曉祥   北二  筒井  英賢   南二  中田  定慧   中灯  平岡  慎紹   権処  北河原 公慈   処世界 望月  大仙


用語の補足

寺役 ・・・ 東大寺で午前八時(冬期は八時半)より行われる法要。毎月決まった日に決まったお堂で行われるが、その形式はお堂毎に異なり声明や読経だけでなく論議といった問答を含む変わった形式もある。毎月十六日は開山堂で行われる。


仲間 ・・・ 仲間と書いて「ちゅうげん」と読む。修二会に は四人の仲間がおり、四職にそれぞれ付くこととなる。特に別火中は忙しく、紙衣絞りから食事の給仕など様々な仕事をこなす。本業中は四職の上下堂に付き添う。加供(かく)奉行が仲間のリーダーを務めており、様々な指示を仲間に出している。

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